【雑記】 人々はYouTube動画の説明を読まないのだろうなという話

YouTubeにあるソフトの学習用動画のチャンネルを作っています。初歩的学習のための動画群は授業の補助教材、自習教材として使っています。

このソフトは毎年バージョンアップされます。

最初に公開した動画群は2つ前のバージョンのときで、その次のバージョンは前バージョンからの変更が動画内容にほとんど影響を与えなかったので、そのまま使いました。その次のバージョン(現行)では細かいところでの変更があったので、作り直しました。

で、アクセス状況を見ていると、現行バージョン対応動画より、2つ前のバージョン対応動画へのアクセス数の方が多い、というか、現行バージョン対応版にはほとんどアクセスがありません。たぶん、過去の再生回数の関係で、検索すると古いバージョン対応の動画が上に出てくるのでしょう。

古いバージョンの動画群には、説明の冒頭に現行バージョン対応動画を別途公開していることを示しています。

そこで、タイトルに「現行バージョン対応版URLは説明文に記載」と付け加えてみました。そうしたら、現行バージョンへのアクセスが増えてきました。

たぶん一般的に成り立つことでしょうが、私のYouTubeやブログのアクセス状況からも、刹那的に必要になった事柄について検索し、味わうことなく食いっ散らかす閲覧者が多いことです。ブログを初めてしばらく経ったときにそのことに気付いたので、YouTubeもブログも全体としての統一性や一貫性をもたらすのはやめました。だから、私としては食い散らかされてもかまいませんが、閲覧者は説明文を読まないことで損しているケースが多いだろうとは思います。

 

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【教育】 大学の情報教育

とある大学の1年生前期の情報教育のシラバスを見る機会がありました。そして、愕然としました。愕然としたポイントは主に下記の3つです。

  1. 150名程度1クラスで、PC教室ではない教室で、1人の教員が担当
  2. 学生は個人のPCを持参することが必須

私自身が、非常勤講師として、他の大学で1年生前期の情報教育を担当しています。だからこそ愕然としました。

1. 150名程度1クラスで、PC教室ではない教室で、1人の教員が担当

この大学は60分授業なので、もし演習授業であったとすると、教員1名が学生1人当たりに避ける時間は24秒(=60×60÷150)であることから、すべての学生に均等に個別指導を行うことは不可能です。これが理由かどうか分かりませんが、基本的には講義だそうです。

2. 学生は個人のPCを持参することが必須

1の状況から言えばPCは不要であり、講義として学んだ内容を学生が自由に使える大学のPCや、自宅のPCで復習すればOKであるはずですが、なぜかノートPCを持参することが要求されています。一般教室で150人分の電源を準備できるとは思えません。案の定、大学生協が扱っている推奨PCはバッテリー駆動時間が10時間以上のタイプです。年式の古いPCを持っていて、それを使おうとする学生は、バッテリーが60分も保たないでしょう。バッテリー切れは、60分持続するバッテリーを持っていない学生個人の責任になるのでしょうか?

上記に加えて、教える立場として最も驚いたのが、全15回中10回は、スムーズに進めば5分もかからないような内容が1コマ分の内容として示されていたことです。

その内容は入学時のガイダンスで終わらせるべき内容、たとえば大学メールアドレスの設定とか、クラウドの使い方とかなど、事務的な手続きの説明のようです。「情報教育」と呼べるものではありません。

そして成績評価においては「全出席を前提とする」そうなので、大学入学までに十分なスキルを身につけた学生にとっては、無駄なことに拘束される拷問の時間です。ノートPCで手元が隠されて、教卓からは何も見えませんから、ぜひとも内職に励んで欲しいです。とはいえ、それで単位がもらえるのであれば、学生にとっては美味しい話かもしれません。

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上記とは異なる大学のシラバスには、大学のPCを使うので、個人的に所有する義務はないというようなことが書かれていました。

私も、自分の授業については「大学の教室で作業可能なので、この授業のためだけにPCを所有する必要はない」という意味合いのことをシラバスに書いています。ひとつの理由は、デザイン系の学生を対象としているので、学生たちが今後進む専門によって状況が異なり、必要となる機器やソフトも異なるので、1年のときに焦って買うと、2,3年次に買い換えの必要が生じることです。もう1つの理由は下記です。

ここ数年、入学時の学生のPC所有率がどんどん低下してきています。原因は、誰でも容易に想像できる「スマートフォンの普及」です。

冒頭の大学の説明では、レポート作成やプレゼンでWord, Excel, PowerPointを使うからPCが必要らしいのですが、Word, Excel, PowerPoint は、とくに凝らないかぎりはスマートフォン版で十分です。30年前のワープロ専用機やPC-9801の松や一太郎などのワープロソフトやLotus 1-2-3などの表計算ソフト、あるいはMicrosoft Windows の出始めのころのワープロや表計算ソフトで学位論文を書けました。今のスマートフォン版のオフィスは、そのころよりずっと機能的にも充実しています。だから、スマートフォン版ではダメという理由はないはずです。

スマートフォン版の問題を強いてあげれば、キーボードがないことと、画面が小さいことがありますが、Bluetoothのキーボードが使えるし、画面の小ささも目の良い若者にはそれほど障害にはならないようです。機種によってはHDMIケーブルや無線でTVに画面を表示できるので、問題の解消は容易です。それなのに、なぜ「個人のPC」を持参して授業を受ける必要があるのでしょう? 私には理解できません。

ある限られた時期においては情報教育とPCは切っても切れない関係にありましたが、スマートフォンが普及した現在においては、情報教育とPCは切り離せます。そして、人文系科目のレポートや調査分析程度であれば、スマートフォン版のWord, Excelで事足ります。

要するに、メール設定、クラウド設定、Word, Excel, PowerPointの使い方を学ぶときに、PCは必須ではないということです。

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私は、教育機関における情報教育が、特定ソフトや特定機器の扱いを教える場になってはいけないという考えで、状況教育に携わってきました。

情報機器の操作は情報教育において必須ではありません。教授すべき情報機器を操るための概念の修得だから、そのような内容を主体とする授業であれば、150人対象の「講義」は成り立ちます。ただしその場合、「演習」ではないので学生たちが自分のPCを持参する必要はありません。

さらに言えば、情報機器の操作(特定ソフト、特定機器の扱い)は、メーカーのインストラクターや、Word, Excel 等の民間資格保持者、あるいは上位学年をTAとして採用して、入学ガイダンスの一部として時間を充当すれば十分です。

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さて、他の記事に記しまていますが、情報教育の演習授業から特定の情報機器やソフトの操作を切り離すことは、現状では困難です。

だから、大切なのは、指導者が明確な切り分け意識を持っているかどうかです。

知識もスキルが一様で無い学生たちを十把一絡げに扱うために何をどうすべきか考えると、どのような授業内容にすれば良いか見えてくるはずです。言うは易く行うは難しで、私も毎年苦慮しますが、少なくとも全員がズブの素人であると見做したような授業はペケだと思います。

 

 

 

 

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【雑記】 保存と再開発に関する小ネタ

数年前、ある街区の報告書作成に関わりました。社会的にもめ事がある地域であったことが要因で発刊までに時間がかかったようで、今春ようやく世に出ました。

この報告書では私は地図作成を担当しました。年代の異なる3つの時期の地図を状態を最新の地図の上に載せる作業です。材料とした地図は、現代的視点からは測量技術が稚拙な時期の地図であったので、歪みが大きく位置の確定は大変でしたが、結果としては正当性のある地図になったと思います。

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さて、上に書いたもめ事とは次のようなものです。その街区に道を通すかどうか、道をどのように通すかが景観との関係で難しく、道を通して欲しい人たちと通して欲しくない人たちが論争をしていたような状況でした。

地図を作成しながら思ったのは、道が現状のままでは地域住民たちの不便な生活は解消せず、そうでなくても減少している地域人口がますます減っていくのではないかということでした。確かに景観的には、計画されていたような道はない方がよいのかもしれませんが、部外者(=その地域に何ら関連のない人々)が「道を通すな」と騒ぐことは間違いであると強く感じました。

最終的には折衷案で進むようですが、景観は維持される半面、住民の不便解消はそれほどでもないだろうなぁと地図からは判断できます。

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懐古と保存は異なるもので、保存と再開発のバランスをとるためには保存される地域の生活者としての感覚が大切にしながら、変化をどのように受容するかを考慮する必要があると思います。保存の対象となるものは地球誕生時からそこに在ったわけではなく、度重なる変化の結果として、たまたま人間の尺度で考えられる時間の範囲内で、ある一定の時期から変化が止まったかのように見えているだけです。

懐かしさは感情に過ぎないので、保存の如何を考えるときに持ち出してはいけないのですが、一方で懐かしさのような感情的要因によって保存の動きがが始まることもあるので、一概に感情的側面を否定するわけにはいきませんが、動きが始まった後は懐かしさを捨てて冷徹な眼で価値を判断できると良いのでしょう。

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何らかの偶然で残ってしまったものに、後の人が価値を見出すこともあります。保存というのも一種の時代精神の産物だろうから、後代の人々にとってのありがた迷惑にならないような保存に関与できたら嬉しいなぁと思います。

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【雑記】 天声人語のやさしい書き方

以前から朝日新聞の『折々の言葉』にはほぼ毎日目を通していますが、最近は天声人語も読んでみています。

毎日毎日、何かを書くのは大変だと思います。とくに天声人語は、人間の視点から書く折々の言葉と異なり、天の声に耳を咀嚼して語るわけだから、さらに大変だろうと思います。その大変さ故か、以下のようにすれば、誰でも書けそうです。

  1. 自分が気に入らない最近の出来事について、目に見える事実だけをごく簡潔に書く。
  2. 1に関わる過去の出来事や過去の人物の言葉をやや詳細に書くが、その内容は上で書いた内容と密接な関連をもたなくてよい。また、対象とする出来事や有名人がややマイナーである方が好ましい。
  3. 1で書いた出来事について、自分に都合のよい部分をピックアップして、もう少し詳しく書く。
  4. 最後に、感想をちょっと書く。このとき「○○であろうか」というような曖昧な問いかけで締めくくると、読者に何かを考えてもらう契機になるので好ましい。

もちろん、他のパターンもあります。機会があれば追記しようと思います。

 

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【雑記】 PCから常駐物を外してみたら、、

他の記事に書いたように、古いノートPCにLinuxを入れてクラウドの同期を試していました。3ヶ月間無事に動いてくれたので、メインPC(Windows 10)で常駐物を使ったクラウド同期をやめてみました。(Dropbox, Box, OneDriveの3つ)

  • 起動後デスクトップが表示された後まともに使えるようになるまでの時間も含めた起動時間が大幅に短縮しました。
  • 起動時間の短縮以外では、体感できるような変化はありません。
  • Linux上のBox用フォルダをWindowsから開くのに異常に時間がかかりますが、とくに困らないのでそのままにしています。
  • Linux上のOneDriveがtime outで止まっていることがあります。原因を追及して直すのは面倒くさいので、毎日、VNC Viewerでつないで確認し、止まっていたらコマンドを打ち込んで起動させています。
  • うっかりすると数日以上ほったらかしですが、OneDrive が止まっていることがある以外は問題ありません。

 

まだ使える古いノートPCがもったいないという理由、また、自分でゴチョゴチョとやるのが楽しいので、こういうある意味で馬鹿げたことをやっているわけですが、電気代を考慮すると Air Explorer の方がいいのかなと思ったりもしています。

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【雑記】 授業中の写真撮影解禁と、提出物におけるミスの減少

去年、ホワイトボードやモニターの写真撮影を解禁してみました。

それまでは、メモメモタイムを設けて手書きでメモするように指導していましたが、去年から「メモする代わりに写真とってもいいよ~」と宣言し、記録を残すことが重要な局面のたびに「はい、撮影タイム」のように言うことにしました。

「メモする代わりに写真とってもいいよ~」宣言に対して、学生たちは「マジ?!」という顔をします。たぶん、一般的には授業中の撮影は禁止でしょう。以前は、手書きを通してこそ記憶に残るという古い流儀に私は従っていましたが、情報を残すという点では手書きも撮影も同じで、重要なのは学生たちが残した情報をどう使うかの方が大切だと思う気持ちを、以前から持っていたので、思い切って実行してみたのでしたという経緯です。

【注】もちろん四六時中シャッター音が響くのは授業進行に差し障るので、撮影タイムを設けることは大切です。良識を心得ていて、むやみやたらにシャッター音を鳴らさない学生相手だからこそ、安心して撮影を解禁できた次第です。

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私の授業では、初心者から見ると仕様が細かくて大変だと思えるだろう制作物を提出させるので、課題の読み落としやメモし損ねによるミスが多発しがちです。(印刷物は配布しませんが、代わりにPowerPointの課題説明スライドを画像データにしたものを共有フォルダに入れて「持ち帰り自由」にしていました。※注)

嬉しいことに、撮影を解禁して以来、提出物のミスが減りました。これは制作する学生にとっても、採点する私にとっても大きなメリットです。

(※注)「持ち帰り自由」の画像データによってメモも撮影も不要な状況を作っておいたはずでしたが、提出物におけるミスの多さから言えば学生たちはそれらのデータを持ち帰っていないか、持ち帰っても見ていないか、そもそも見るためのスキルあるいは知識あるいは機器を持っていないか、そのような状況であったように思われます。

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もうひとつメリットがありました。

PC教室では学生たちの姿がモニターに隠されるので、学生たちの状況は教卓のPCに映し出される学生PCの画面状況だけからしか分かりません。手元で何をやっているかは分かりません。だから、メモし終えたのかどうかは口頭で確認していました。

ところが、撮影を解禁にすると、みんな遠慮なく「カシャッ」、「カシャッ」とシャッター音を鳴らします。つまり、シャッター音が聞こえなくなったら全員が記録を終えたと分かるので確認する必要がなくなり、授業進行がちょっとだけスムーズになりました。

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以上、撮影解禁で得られたのはメリットだけでした。(もちろん授業内容によるので、すべての科目でメリットだけしかないということはありえないでしょう。)

 

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【教育】 スマートフォン普及とPCスキルや知識の低下

この25年くらい大学や専門学校でPCを教えています。

数年前までは、学生たちのスキルや知識が徐々に向上していることが感じられました。しかし、そのころをピークに、いまは急勾配の下降線を辿っています。大雑把な印象ですが、スキルや知識の面では15年くらい前に近いような気がします。15年前と違う点を強いて挙げれば、コンピュータに対する恐れを感じている学生がほとんどいなくなっていることです。これは情報機器の日常への入り込みの度合いの高まりを示すのだと思いますが、授業運営の観点からは何かに大きく関与することではありません。

シラバスはきちっと作りますが、毎年の入学者のスキルや知識のレベルが一様ではないので実態は自転車操業にならざるを得ない部分があります。といっても、6~3年前くらいまでは学生たちのスキルや知識がかなり安定していて、同等の授業計画で進められていました。

ところが、一昨年からごろから遅れが生じ始めました。去年は一昨年より遅れ、今年は去年より遅れていて、授業回数で言えばほぼ2コマ分の遅れです。学生たちが躓くポイントや質問する内容から、ボトムラインがピーク時よりかなり下がっていることを実感しています。(学生たちの一般的な能力や理解力が落ちたということではなく、たんにPCに関するスキルや知識が落ちてきているということです。)

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口頭での質問にすぎませんが、毎年の授業初回にPC所有(専用・家族共用とも)の有無を質問します。ピークであった 5、6年前は所有していない学生は全体の1割程度でした。

一方で、3年ぐらい前からスマートフォンを持っていない学生はゼロになっています。

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つまり、彼らにとってのメインの情報機器はスマートフォンであり、PCではないということです。

今年、とある大学の文系学部の新入生君に「情報教育の授業で使うのでノートパソコンが必要と言われたが、家には大学推奨のノートパソコンより性能の良いデスクトップがあるし、持ち運びするには iPad とBluetoothのキーボードがあるので、自分としてはノートパソコンは不要だ。こういう場合どうするのがよいだろうか?」と相談を受けました。

この大学では、情報教育の授業にノートパソコンを各自が持ち込むのが原則であるそうです。具体的には、Windows 10、Microsoft Office (Word, Excel, PowerPoint)、無線LAN、授業時間もつバッテリー性能が求められますが、これならばiPad で十分です。そもそもパソコンは必要ありません。

Windows版のMS Office とiOS版、Android版では機能の豊富さが異なりますが、大学4年間で使う程度であればiOS版、Android版で十分でしょう。スマートフォンの難点は、画面が小さいので微細な操作をやりにくい点です。でもiPad程度の画面があればなんとかなります。

新入生君に相談を受けたときに私が感じた違和感は。大学が授業で一人1台使える環境を整えず学生に購入させるという点ですが、これについては予算の都合とかあるだろうから、クレームを付けてみても相手方を困らせて終わるだけでしょう。

そこで、新入生君には、大学の担当教員に上記の事情を伝えて相談するように言ったところ、担当教員が話の分かる人だったらしく、ノートパソコンを持参しなくてもよいという結論になったようです。めでたしめでたし。

さて、この大学では情報科目以外でもノートパソコンの持ち込みを要求される授業があるそうですが、授業中にレポートを書くためにWordを使うだけみたいで、iPad プラス Bluetooh キーボードで十分間に合っているようです。最悪の事態(?)に備えて、Splashtop(年間2000円) で自宅のデスクトップPCをリモートで操作できるようにすることを薦めたところ、早速、使っているようです。

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たぶん、ほとんどの教育機関で同様だと思いますが、情報教育という立派なお題目を掲げていても良くも悪くもパソコン教室でパソコンソフトを教えるのが実態であり、真の情報教育ができていないところばかりだと思います。現状ではパソコンやパソコンソフトを介さない授業運営が困難なのでやむをえない面があります。OSもソフトも、デファクトスタンダードに支配されている現状が続くかぎりは難しいでしょう。

でも、将来、そのような状況を回避できるようになったら、学生が利用する機器の自由度が高まるだろうと思います。

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また、CG や CAD、あるいは高度な科学技術計算、膨大な統計処理などに関しては、ソフトがPC対応のものしかないという理由で PC は必須ですが、Office系ソフトであればiOS、Androidのタブレットでも事足ります。件の新入生君の大学も、ちょっと頭を切り替えて「Windowsのノートパソコン必須」ではなく、せめて「教室でMS Officeを動かせる環境が必須」程度の柔軟性をもってくれると良いなぁと思います。

 

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