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Archive for the ‘雑記’ Category

【雑記】光回線のモデムを現在の1000から2000にすると高速化するという怪しい内容の電話

日曜日なのに、女性の声で「NTT西日本の●●です」という電話がかかってきました。この手の電話は詐欺まがいのケースが多く、いつも適当にあしらいますが、今回は自信たっぷりに「NTT西日本」と名乗ったので、少し真面目に相手にしてしまいました。

電話「お客様は光モデムをお使いだと思いますが、年式が古くなっているので機器の交換を進めています、云々」

そんな話は聞いたことがありませんが、とりあえず真面目に答えてみました。

私「モデムではなくてホームゲートウェイです。」

電話「はい、そのモデムを交換すると云々」

このやりとりで、怪しいこと確定。

私「この手の電話は怪しいのが多いですが、そちらは本当にNTT西日本ですか?」

電話「はい、NTT西日本コールセンターです。で、お客様のモデムを云々」

内容の大半はいつもの詐欺まがいの電話と同じですが、機器交換で高速化という点だけは興味をそそられたので、本当の話だと仮定して続けました。

私「そちらのお話が本当であれば興味があるので、説明しているサイトを教えてください。」

電話「まずは書面をお送りして、云々」

ここでやはり詐欺まがいであったことが確定です。

電話「お客様が現在お使いのプロバイダはどちらでしょうか?」

私「自分で調べたいので、説明サイトを教えてください。」

電話「この手続きは、まずは書面を云々」

私「NTT西日本の正式な話なら、必ずホームページに情報が出てい」、電話、ガチャ!

ガチャっとやられたのは初めてです。電話の向こうの人は、暑さのため、いつにも増しておかしくなっていたのでしょうね。

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なお。「NTT西日本」には「コールセンター」と呼ばれる部署はないようなので皆さん気をつけましょう。

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【雑記】「安全安心」

コロナウィルスの流行とオリンピック開催に関して、一部の人々が頻繁に「安全安心」と口にしていた。そして、メディアも批判的/肯定的いずれであってもその言葉を垂れ流すだけであったが、「安全安心」という愚かな表現に対する突っ込みは見なかった。

安全とは客観的で具体的な裏付けによって保証されるが、安心はその言葉自体が「心」という文字を含むことから明らかであるが「心」の有り様の問題である。

だから言葉のやりとりとしては、一方が「これは安全です」、「このようにして安全を図っています」のように言ったら、もう一方が「安心しました」、「それなら安心ですね」のようになるはずである。つまり「安心安全」と一つの口から同時に出すのはおかしな話だ。

「安全安心」を口走る人は、言葉に巧みな人ではないだろう。だから、この言葉が相手の心の有り様を外から規定する傲慢さを内在していることに気づいていないようである。

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一方、安全と安心が正しい関係性を保つには、「安全」という言葉を受けとめる側はそのことに関する基本知識や情報を持った上で客観的に「安心できる」か「安心できない」かを判断しなければならない。杞憂の逸話のように気分だけで考えてはいけない。SNSの広まりによって、多くのマスメディアから正しい情報が流れていないことが明白になった現在、客観的判断のための正しい情報や知識を得る方法自体を見つけることの困難さを痛感している。

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【雑記】XPS8900の発熱がひどくなったので、久しぶりにメンテナンス

暑い季節の到来とともに、メインPCであるDell XPS 8900の発熱が酷くなり、最悪時は100°を超えるようになりました。ファンもブンブンとものすごく煩く回ります。

場合によっては CPUクーラーを交換した方がよいだろうかと考えて、LGA1151対応のCPUクーラーをアマゾンで調べて数製品に絞り込んでいましたが、まずは開けて状態を見てからにしようと思いつつ二週間ほど放置していました。

ようやく重い腰を上げて、XPS8900を開けてみました。開けたのはGeForce GTX 1060を増設した時以来ですが、このときはCPU冷却については何もやらなかったので、当然ながらグリスがぱさぱさになっていました。たぶん購入以来、グリス塗り替えをやっていなかったような気がします。以前、他のPCのメンテナンス用に買ったGELID 非伝導性 ハイエンドサーマルグリス GC-EXTREME-1GRAMが残っていたので、これを塗りました。

また、ヒートシンクのファン側に1mm近い厚さの埃の層ができて、ファンとヒートシンクの間がふさがっている状態でした。GTX 1060 増設時の記録写真を見たら、その時点ですでに埃がたまっていて、今さらながらに冷や汗をかきました。埃はピンセットを使って除去しました。

CPUクーラー自体は問題なさそうで、交換はやめました。

また机の下に置いているので、普段、ほとんど目にしない筐体の通気口の埃もひどかったのできれいにしました。また側面の通気口が机の脚に密着して空気が流通しない状態だったので(分かった上でこのように設置していたのですが)、3センチほどの隙間を作りました。

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以上を行ってからまだ数日しか経っていませんが、レンダリングなどの重い負荷をかけても最高温度が90度程度に収まっており、またファンがブンブン回ることもほとんどなくなって快適です。

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【雑記】IPv6でもPPPoEとIPoEで大きな差があることを実感

COVID-19以来、テレワークやオンライン授業の影響か、インターネットがものすごく遅くなり、動画どころか普通のホームページもまともに視聴できない状態が頻発するようになりました。

契約していたのは某プロバイダ+フレッツ光西日本、 IPv6、IPv4ともPPPoE方式です。調子の良いときは、IPv6なら数百Mbps、IPv4でも百Mpbsを超えて快適でしたが、夜になると良くて20Mbpsくらいで、ひどいときは2Mbpsを下回る状態が数時間に渡って続くし、0.8Mbpsとか「いつの時代の話?」という速度まで落ち込むこともありました。

速度チェックには下記を使っています。

http://www.speed-visualizer.jp/

そこで調べたところ、IPv6はIPoE方式でなければ速度が出にくいということを知ったので、IPv6をIPoEでつなげるプロバイダを比較した結果、OCN光に変更しました。OCNにしたのは、OCNの格安SIMを使っているので割引があるという理由であり、光回線の品質がどうのこうのという理由ではありません。

OCN光への変更は、OCNから知らされた期日に、ホームゲートウェイのIPv4(PPPoE)接続の設定のユーザ名とパスワードを変更するだけで、IPv6はIPoE、Ipv4はPPPoEでつながりました。その結果、通常時は最大400Mbps近くまで、おおむね100Mbps超え、最悪時でもIPv4は15Mbps、IPv6は60MBpsくらいで、通常利用に差し支えなくなりました。

テレワークやオンライン授業による混雑はプロバイダに因らないようであるし、同じプロバイダでも地域によってかなり異なるようだから、以前のプロバイダとOCNの相違だと捉えてはいけないとすると、この速度差はPPPoEとIPoEの相違であろうかと思います。

しかし待てよ!、OCNのサイトには、IPv4 over IPv6によって、IPv4もIPoEでつなげると書いてあるのに、我が家はPPPoEだ、おかしい!

と思ったのですが、 OCNによれば、IPv4 over IPv6は順次対応していくとのことで、残念ながらホームゲートウェイを使っている我が家は未提供でした。低速すぎて困ることはなくなったので、気長に待ちます。

PPPoE、IPoEの状況チェックには下記を使っています。

https://v6test.ocn.ne.jp/

https://test-ipv6.com/

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ところで、OCNに変更するに先立って、チャットで問い合わせました。ちょうどこの頃、格安SIMのコース変更についてもOCNにチャットで問い合わせました。どちらもすこぶる丁寧で的確な回答を得られました。また、これは当然の機能だと思いますがチャットのログを保存できるので、後から参照できます。とても良かったです。ここまでは1,2か月前の話。

一方、つい先日、10年くらい前に一時的に使っていた某プロバイダの会員登録が残っていることに気づいて(そのプロバイダからのメールが迷惑メールとして処理されていたため、すっかり忘れていた)、退会することにしました。ホームページを見ても方法が分からないのでチャットで問い合わせましたが、こちらの意図を汲んだ返答ができないとか、主語がないので プロバイダ側がするのか自分がするのか分からないとか、重要な部分で要領を得ず、また最終的には プロバイダ側が当初示した手順ではない手順で登録が抹消されました。そして、私は「登録抹消」を依頼したのですが、 プロバイダ 側でできるのは「半年ほどのうちにデータを削除すること」だそうです。 プロバイダ 側は決して「登録を抹消する」という言葉を使いませんでした。たいへんに不安が残ります。チャットを終えて、手続き状況を記録するためにログを保存しようと思ったら、そういう機能自体がなかったので、慌ててスクロールキャプチャしました。しかしチャット終了ボタンをクリックした時点でウィンドウがグレーアウトしていたので、フォトレタッチソフトで洗い出す必要がありました。曖昧で要領を得ない返答とログを残せない仕様は強い相関性を持っているのかもしれません。

OCNに変える前まで使っていたプロバイダは、初めて自宅でインターネットを使い始めたとき(モデムが2400kbpsのころ)から20数年にわたって断続的に使ってきました。とくに困ったことはなかったし、今回の速度が遅かった点については、そのプロバイダ自体に問題があったわけではないと思っています。一方、この数年間のサポートとの2回のやり取りにおいては担当者が上から目線で何だか感じ悪かったので、腐れ縁が切れた爽快感を否定しきれません。

(追記:2021/6/8)

上記がOCNに届いたから、ということはありえませんが、一週間ぶりくらいに接続状況を確認したら、IPv4がめでたくIPoE接続となっていました。夕方から深夜に書けて上記のサイトでスピードテストを何度か行ってみたところ、IPv4, IPv6とも最低で130Mbps程度、最大で280Mbps程度でした。IPv4がいつでもこの程度なら、IPeE接続(IPv4 over IPb6)のIPv4はPPoE接続のIPv4より圧倒的に速いことになりますが、継続的に測定してみないことには何とも言えません。

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【教育】音声合成ソフトを使って、ナレーション付き動画教材を作成

ARCHICADの操作説明の動画を作って、YouTubeで公開しています。

もともとは授業の補助教材として作り始めたものですが、ほとんどの動画を一般公開しています。アクセス総数は多くはないですが、わりと世界中からアクセスがあり、昨年のコロナ禍によってチャンネル登録者も1000人を超えました。

現在の動画は音声なしです。作り始めたころは、画面操作をキャプチャしてちょちょっと切り貼りしただけでした。しかし、やはり分かりにくいところがあるので、PowerPointで作った説明スライドを挟み込んだり、ショートカットなどのキーをかぶせて表示するなどして、操作を分かりやすくしています。

授業で用いても、8割くらいの学生は動画だけで理解してくれますが、2割くらいの学生は現状の動画では無理があるようです。率直に言えば、それらの学生はほとんどの場合、観察力が欠如していて、動画で示しているものがきちんと見えていないようです(こういう学生たちは文章も読めません。だから教科書をやらせても、まともに進められません)。当人の能力や学習姿勢の問題だと言い切りたいのはやまやまですが、万人が理解できる教材を作ることはそれなりに有意義なので、音声による解説を加えた方がよいかもしれないと思っていました。

それだけが理由ではないのですが、数日前、音声合成ソフトの『かんたんAI Talk 3』を入手しました。基本的な操作を覚えたので(といっても難しい操作はひとつもありませんが)、ナレーションつきの動画を作ってみました。

最初の2つは2分くらいの動画ですが、3つめに作ったものは内容が多いので20分近い動画になりました。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

これを作った結果として、以前からうすうす感じていたことではありますが、あらためて次のことをはっきりと認識できました。

操作自体は映像で分かることを目指して動画を作っているので、今まで通りで良い。しかし映像だけでは「操作の意味や背景」が分かりにくい場合がある。そして、こういう場合に文字だけを画面に映して読ませようと思っても読めない人/読まない人がいるから、ナレーションを入れて「聴かせる」のは、なかなか良いことだ。聴かない人もいるだろうが、そこまでは面倒を見切れない。

しかし、ナレーションを入れると動画作成にかかる時間が飛躍的に長くなります。上記の動画の場合は、映像編集だけなら数十分で完了したはずですが、ナレーションを付けたため、ほぼ一日かかってしまいました。作業に慣れていないことも時間がかかった理由ではありますが、ナレーションの文章作成に相当時間を費やしてしまいました。またナレーションによって動画の長さも倍増することから、いくら慣れてきても半日はかかりそうです。

対面授業で上の動画の内容を説明する場合は、動画の長さと同じ20分弱で終わります。動画をつくると1日(8時間)だから、オンライン授業対応のために24倍の時間がかかっている(時給が24分の1になっている)という見方も可能です。だから動画を一般公開してYouTuberになって一儲けしたいと思ったりもするわけです(実際には広告を付けていないし、それ以前に、報酬を得られる基準に達していないので一儲けは夢のまた夢です)。

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ところで、「しゃべりながら操作して、しゃべりも一緒に録音すればよいではないか!」と仰る人もいるでしょう。録音だけならかまいません。しかし、そのまま通用するしゃべりのためには、台本が必要です。あるいは録音後に編集する必要があります。家庭用の機器で、磁気テープに録音した音声や音楽をテープを切ったり繋いだりして編集していた中学生時代に比べると、作業は比べものにならないほど楽になった現在ですが、それでもやはりやる気は起きません。技術的困難ではなく、気分のハードルを越えることが困難です。 『かんたんAI Talk 3』 の男性ボイスよりは私の方が良い声だとは思いますが。

コロナ禍の影響で子供が受けているリアルタイムのオンライン授業を横目で覗くと、台本のないまま、対面授業と同じことをカメラに向かってやっているだけの授業は無駄話が多かったり、話の展開がグチャグチャだったりするなど、授業料を返せと言いたくなるレベルのものもあります(子供の感想も同様です)。あるいは、音声も何もないパタパタめくりだけのスライドショーもありますが、これもまた大変に苦痛ですね。こういう授業をするならば、プレゼンテーションデザインを学ばなければならないと思いますが、日本のデザイン教育の現状から言えば、自分のスライドショーに問題があるとは気づいていないでしょう。だから外圧がかからないかぎりは改善は期待できません。もしこれを読んでいる教員がいたら、ぜひ森重湧太著『一生使える見やすい資料のデザイン入門』を読んでください。同様の書籍はたくさんありますが、これは簡潔にまとまった良い本です。Kindle版もありますが、紙版をPCの横に置いて、めくりながらスライドショーを作りましょう。(これに関してはそのうち別記事を書きたいと思います。)

そんなこんなで何だか話がずれてしまいましたが、オンライン授業対応の教材づくりはとても大変で、非常勤の場合、とんでもないレベルの赤字です、最低賃金を大きく下回っています、、、というところでペンを置きます。

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【雑記】学問の自由、自由な学問

日本学術会議の任命についてのニュースが世間を賑わせていて、任命を拒否した側は「学問の自由とは無関係」と主張し、拒否された側は「学問の自由を脅かす」と主張しています。

以下、政治的なことを抜きにした話ですが、拒否された側の「学問の自由を脅かす」という発想には強い違和感を感じました。というのは、学術会議という組織への加入と学問の自由は全く無関係であると思うからで、「学問の自由」という崇高な概念を政治的なやりとりの中で使うの自由な学問への冒涜であろうと思います。どうせ論争するのであれば、自由の裏にある務めを焦点としてほしいなぁと思います。

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【雑記】長年使ってきたが気持ちの悪い終わり方。車と新聞。

車を買い換えました。

20年以上、あるメーカーの同じ販売店を利用していました。その理由は当初の担当者A氏が誠心誠意の人だったからです。15年ほど前、他のメーカー車に買い換えようと思ってA氏に挨拶に行ったところ、当時の店長がA氏を伴って出てきて「Aの今期の売り上げが足りないので、Aのためにこれを買ってくれないか?」と言われて、その車を買うことにしました。買った理由はもちろんその車が当時の我が家のニーズに合っていたことと、スタイルも嫌いではなかったこともありますが、最大の理由はA氏です。その1,2年後、彼は他のお客さんに人柄を買われてヘッドハンディングされてしまい、担当者がB氏に変わりました。A氏の存在がその販売店を使う主たる理由でしたが、メンテナンススタッフの感じがよいので、B氏に変わった後も利用し続けていました。また車自体をとても気に入っていたので車を買いかえる気持ちにならずにいましたが、13年目の車検を取って1年ほど経ったころから、あちこちぼろが出てきて大修理が必要になり、ついに買い換えようと決意しました。

件のメーカーには魅力的な現行車種がないので、中古車を買いました。前の車はメンテナンスパックに入っていたので、販売店に解約に行きました。事前に電話したらいつもの担当者は不在だということで、店長が手続きを行ってくれました。帰る直前に「(10年以上担当であった)B氏によろしくお伝えください。」と言ったところ、「(私が連絡した後)Bは出社しています。いまあそこにいます。」と外を指さしました。B氏はこちらをチラっと見たので、目が合いましたが、それだけで終わりました。B氏からは一台も買っていないので大切な客ではないし、A氏の場合と異なり、B氏から車を買う気にならなかった理由はB氏の普段の態度であったので、最後の黙殺は当然の結末だったと言えるでしょう。今でも年賀状のやりとりがあるA氏と異なり、私もB氏に対して何も思いはありません。

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30年くらい取り続けていた新聞の定期購読をやめました。

現在住む町に引っ越してから2年ごとに契約していて、ずっと同じ販売店、同じ担当者です。実は前回の契約更新時にやめたかったのですが、担当者氏の感じがよいのでうっかりと更新してしまいました。やめようと思った理由は内容の偏向が度を超してきたことや、その新聞社の記者たちがツィートが常軌を逸するようになっていたからです。ツィートは、この2年間でどんどん酷くなっていきました。

ちょうど更新を迎える一月ほど前、いつもの人が更新手続きに来たので断りました。定期購読をやめる理由を尋ねられたので「記事の偏向がますますひどくなり、また記者たちのツィートが常軌を逸しているから」と答えたら、「みなさん、そうおっしゃいます。これまでありがとうございました」と言って、ちょっと悲しそうな顔で帰って行きました。先日、他の勧誘者が来て「○○新聞だ。更新してくれ!」と凄むので「先日断りました」と言ったら、「あぁ、そうですかああああ!!!!!!」と吐き捨てて帰っていきました。なおこの新聞社の勧誘員が人々に与える一般的イメージはどちらかというと、この2番目の人のようです。

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【備忘録:PC・ソフト】macOSの起動ディスクからBootcampが消えた

Paragon NTFS for Macをインストールしたら、macOSの起動ディスクからBootcampが消えてしまいました。

Bootcamp nowhere.png

起動ディスクとしてBootcampを選ぶのは、NTFS for Mac上で可能なので困らないと言えば困らないのですが、気持ち悪いです。

Paragon NTFS for Macの環境設定>概要で「無効」に設定すると、起動ディスクにBootcampが戻ってきました。

ntfs for mac.png

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

Bootcamp is back.png

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実は、ParagonのCamptune を買おうと思ったら、たまたまキャンペーンで割安だったParagon NTFS for Mac他のパックを買ったので、Paragon NTFS for Mac が持つ機能を必要としていたわけではありませんでした。だからアンインストールしました。

なお、残念なことに目的であった Capmtune が私の環境では動かなかったので、購入後一定期間内なら使える返金保証制度を使って返品し、返金してもらいました。返品から返金に至る流れはスムーズでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【雑記】Amazonのレビューに★1つを付けられている、、、

Amazonなどのユーザレビューは役に立たないものが多い(※)ことは、多くの人に共通する見解だと思います。買い物するときはそういうレビューを私は無視しますが、自著に対する★1つは気持ちのよいのものではありません。

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ずっと前から、私が関わったある書籍に対して★1つがつけられています。書籍そのものではなく書店へのクレームで「注文したのではない本が届いた」という内容です。困ったことにレビューはこの1つだけなので、当該ページ上部の星の数を見ただけの人に、内容がだめな本だと勘違いされそうです。

このレビュー者は他のレビューでも書籍購入における個人的状況説明をしているだけです。こういう人は、レビューを公開することの意味を全く考えたことがないのでしょう。書籍の内容そのものへの批判であれば、肯定的な内容でも否定的な内容でも謙虚に受け止めますが、暑かった本屋が良くないことと本が良くないことを混同されたら困ります。

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最近、私が監修した書籍(共著)に対して★1が付けられていました。

CADの練習本ですが、レビュー者によれば「教材データがない」から「駄本」であるそうです。

この本を使った学習のために教材データが必要なレベルの人に向けた本ではないし、そもそも教材データが必要になるような内容ではありません。レビュー者の勘違いでしかないと思いましたが、監修者としては捨て置けない話なので、教材データがないことに正当性があるかもしれないと、いったんは謙虚に受け止めてみました。そしてこのレビュー者を知るために、この人による他のレビューを読んでみました。どうやら自己承認欲求が強い人物のようで、自分が気に入れば高評価、自分が気に入らなければ★1つを付けていました。「主観/客観」と理性的に対比しながら語る「主観」であればまだ救いはあるのですが、、、、。

正当性のあるクレームだったら出版社と相談してブログなどを利用した教材データ配布を検討したと思いますが、いちゃもんに対応する気持ちにはなりません。

いずれにしても「教材データがない=駄本」という決めつけが、このレビュー者の物事を把握する能力の程度を示唆していますね。

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同じ本に★3つを付けた人がいます。★3つにした理由は「自分が知っていることが多かった」からという個人的事情です。特定のスキルレベルの人々をターゲットとした本なので「自分が知っていることが多い」と感じる読者がいることはごく自然なことです。そのこと自体は本の評価に影響しませんが、問題はそういう個人的事情をレビューに記載することです。購入検討者はそのレビューを書いた人のレベルを知る術がないので、レビューに個人的事情を書く意義はありません。

残念ながら、この人の他のレビューでも個人的印象を★の数に影響させたものがありました。一方で、この人の場合、客観的な評価や購入検討者へのアドバイスとして記載された内容はとても役に立つものでした。この人が客観性のある内容だけ書くようになったら、優れたレビュアーになると思います。

カテゴリー:雑記, 教育

【雑記】虫の知らせ、消えゆく生命からのメッセージ

いまから27年ほど前のことです。

縁もゆかりもない雪国で一人暮らしを始めてから数ヶ月たった頃、実家で飼っている犬が夢に出てきて、こういいました。「xxちゃん、がんばってね。ぼくもがんばるから」。犬が日本語をしゃべること自体に違和感がありますが、夢の中だから許容範囲です。そして、犬の声は幼い頃の弟の声に似ていました。

それから一週間ほど後、「一週間前から、犬がいなくなった」と実家から連絡が入りました。いなくなったのは、私が犬の夢を見た当日かその翌日だったようです。結局、見つかりませんでした。13才と高齢でしたが、(犬に対して言うのも妙ですが)潔い性格だったので、死に場所を求めて出て行ったのだと思いたいです。

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私が大学4年のとき、同じ大学の同じ学部の違う学科に又従兄弟のT君が入学したと父から伝え聞いたので、連絡をとって、我がアパートに招待しました。そのときが初対面で、その後、キャンパスでときどき顔を見かけたら会話する程度の交流が続きましたが、私は他大学の大学院に進んだこともあって、次第に疎遠になってしまいました。しかし年賀状のやりとりは続け、気持ちの交流を保っていました。

又従兄弟に初めて会ってから25年ほど後、私は、仕事のため新幹線で2時間ほどの、しゃちほこで有名な都市に頻繁に通っていました。その沿線、最速ののぞみ号は通過する町に、彼は住んでいました。

あるとき、仕事からの帰路、その駅に近づいたとき「そういえばT君(又従兄弟)はこの町に住んでいるのだった。どうしているかなぁ? 元気かなぁ?」とふと思いました。それまではその駅を通過していても、彼のことを思い出したことは一度もありませんでした。

それから一月ほど経った頃、従叔父から又従兄弟が癌で死去したとの連絡が届きました。葉書に記された彼が亡くなった日時を見て、私は身震いしました。ちょうど私が新幹線で彼のことを思い出した日時だったのです。私が彼の町を通過していたころ、彼は旅立ったのでした。

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私はデジャビュとか金縛りとか、いろいろな心理学的・身体的に不思議な現象を何度も経験しています。専門的なことは知りませんが、何らかのインプットに対して脳が混乱して勘違いしたアウトプットがなされた結果だろうと思っています。心霊現象と呼ばれるものは体験者の非科学的態度による思い込みだと思っています。ところが上のような出来事においては、直接的なインプットがないままに自分が知らない客観的事実に符合するアウトプットが得られています。とても不思議な感触です。こういうものを日本人は「虫の知らせ」と呼んできたのでしょう。

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しかし、こういう虫の知らせは毎日のように感じているのでしょう。その中で、たまたま現実と符合したものだけが強く記憶に残るのだろうとドライに考えたいですが、そうではないこともあります。

数十年前、大叔母が亡くなりました。その日、大叔母の自宅の隣家の人が、久しぶりに自宅の門の前にたたずむ大叔母を見かけたので声をかけたけれど返事がなかったと言っていたそうです。大叔母は亡くなる数年前から自宅から新幹線の距離の1人娘の嫁ぎ先で暮らしていたので、自宅の門の前に現れるはずがないのです。その後、大叔母は最後まで自宅に帰って暮らすことを夢みながら、娘さん家族に看取られながら亡くなったと伝え聞きました。

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こういう現象も科学的に解明される日が来るとは思いますが、自分の体験から言えば、まだ解明されていなくて良かった、不思議な出来事として心に残って良かった、と思います。

2つの出来事を、何の脈絡もなく思い出したので、書いてみました。

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上記を下書きとして保存して1年半ほど経ったころ、死に関して似たような経験をしました。今度は愛犬の死にまつわることで、家族や自分が体験した事実です。以下は死ぬ一週間ほど前から死んだ日までの出来事です。

  • 死ぬ2日前の散歩中、いつもなら犬が数mに近づくと逃げる猫が、その時に限って3~5mくらいの距離を保ちながら犬と私について回り、犬の方を見ては首をかしげるしぐさをしていました。
  • 死ぬ数日前、妻が散歩に連れて出たとき、仲良しの犬の家の中まで入り込もうとしたそうです(二軒)。ふだんはちょっと立ち止まってから通り過ぎる程度の動きです。
  • 子供のころから頭をぐいぐいと押しつけてきて甘えていましたが、年老いてふんばる力がなくなって、ここ1,2年はほどんどやらなくなっていました。ところが死ぬ前の日、久しぶりにぐいぐいと頭を押しつけてきました。
  • 足が弱っていたのでゾウガメの散歩のような速度の散歩が続いていましたが、死んだ日の朝は家を出た後15メートルほどの距離ではあるものの、久しぶりに走って、オシッコをしました。(家を出た後グズグズ歩きながら道路にオシッコでヘビの絵をかくのがそのころの日常でした。)

そして、その日の夕方、ダイニングの床の上で息絶えているのを帰宅した娘が発見しました。私が目を離した15分くらいの間でした。上に書いたような出来事は、愛犬から家族へのメッセージだったのかもしれません。

 

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