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Archive for the ‘雑記’ Category

【雑記】アマゾンのカスタマーQ&A

何時の頃からか分かりませんが、アマゾンにカスタマーQ&Aというものができています。

レビューやカスタマーQ&Aの内容を、何かを購入するときの参考に見ることがありますが、カスタマーQ&Aの回答に「すみません、分かりません」というようなものがあって、不思議に思っていました。分からないのなら回答しなければよいのに、わざわざ謝ってまで「分からない」と書く心理が理解できませんでした。

あるときアマゾンから「これこれの質問に回答してください」というようなメールが届いて、「すみません、分かりません」という回答が存在する理由が分かりました。確かに、答えなければいけないような気分にさせるメールです。回答しなくてよいという選択肢があることに、この手のやりとりに慣れていない人は気づけないのだと思います。

アマゾンでの質問は、道を尋ねられた場合と違って目の前に困っている人がいるわけではないし、「すみません、分かりません」と世界に向けて公言しても誰の役にも立たないわけだから、スルーすればよいのですよね。

「すみません、分かりません」のように回答してしまう人は、日常世界では本当に善い人で道を尋ねられたら案内してしまうような人なのだろうと思いますが、インターネットの世界ではリテラシーが欠如している人と受け取られます。日常世界とインターネットの世界の線引きは必須です。

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そして、「すみません、分かりません」と書くような人はまだ良いのですが、分からないことを曖昧なままに回答する人がいます。こういう人たちも善人なんだと思いますが、的確な回答ができない場合はスルーしてよいということを学んで欲しいと思います。

他の記事に知恵袋のようなシステムについて同様のことを書きましたが、アマゾンなどのレビューやカスタマーQ&Aも万人の役に立つ確かな情報であるべきだという視点が、回答者には重要です。

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カテゴリー:雑記

【雑記】 ITを正しく使えば人命を守れると思う

またもや学校で子供が熱中症で亡くなりました。

あの暑さの中、屋外で活動するというのは狂気の沙汰ではないと思います。まだ小学校に入って数ヶ月の子供は、きっと先生に素直に従ったのでしょう。

今回の事件にかぎらず、学校活動における熱中症については正確な判断が出来なかった学校や教員にほぼすべて責任があると思いますが、古びた規則と慣習に縛られた学校や教員に柔軟な対応を求めることは絶望的だと思います。

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そこで思ったのは、こういうことを人間が判断しなければよい、つまり、機械的な判断で行うようにすればよいということです。

コンピュータに屋外学習の可否を決定させるのが良いと思います。簡単なプログラムとセンサーがあれば、10年前のパソコンでも実現できるはずです。人工知能というような大げさなものは必要ありませんが、文科省や厚労省が主導してビッグデータを参照しながら同時に構築していくようなシステムにする必要があります。また、ギリギリの判断ではなく、かなり安全側の判断を返すような設定にする必要もあるでしょう。

そうすれば、一教員、一学校は判断の全責任を負う必要がなくなります。

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先日の大雨による大災害も同様でしょう。これも行政の人に委ねたり、居住者自発性を重んじるなど、人の判断で行動するのではなく、機械的な判断に従うようにすればよいと思います。

空や天気図を見れば分かるような「今日の天気は?」に「晴れ、とても暑くなる」と答えるシステムは不要です。「今日は外出してはいけません」と知らせるシステムが必要です。

人の言葉には従わないくせして機械の言葉に素直に従う人は多いから、効果あると思います。

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多くの人がスマートフォンを持つ今、GPSでその人がいる地形、標高などが分かりますから、そういう情報を用いた警報システムも可能でしょう。

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上記のようなことは、すでに、どこかで誰かがやっていると想像します。一刻も早い実現を望みます。

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【雑記】 高速道路の移動距離と所要時間

Google、Yahoo、ドラぷら、それぞれの経路案内を使って、高速道路の移動距離と所要時間から平均時速を算定してみました。

移動範囲は中国道のあるICから北陸地方のA,B,C 3つのICまでです。それぞれで時間が最短となる経路を選んだので、舞鶴道を経由するルートと、名神を経由するルートのどちらかになっています。

Google Yahoo ドラぷら
距離 所要
時間
平均
時速
距離 所要
時間
平均
時速
距離 所要
時間
平均
時速
A 408 4:44 86 407 5:22 76 428 4:43 91
B 466 5:25 86 465 6:05 76 485 5:21 91
C 706 8:02 88 705 9:08 77 726 7:58 91

(単位 距離=km、所要時間=hh:mm、平均時速=km/h)

平均時速の根拠はどうなっているのでしょう?

どらぷらの算定基準はルート検索結果の下の方に「所要時間について」として、以下のように記されています。

表示される所要時間は、主として規制速度をもとに高速道路は区間により60~100km/h、都市高速などは時速40~60km/hにて計算し、弊社の発表している渋滞予測通過所要時間を加味して算出しております。

Yahooにはヘルプの中に「通る道路(高速道路、県道など)によって速度が異なります。」と、言わずもがなのことが記されていました。当たり前のことであっても明記するのは大切なことですが、もうちょっと詳細な情報があったら嬉しいです。

Googleは、さらっと探しただけではどこに書いてあるか分かりませんでした。

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我が家の車にはカーナビをつけていません。地図を読んだり覚えたりするのが好きで、それで間に合っているからですが、二年ほど前、WiFiでしか使っていなかったスマートフォンにデータSIMを入れたので、ナビを試してみました。

当初はポイントの検索や設定が容易なGoogleのナビを使ってみましたが、とんでもない道を走らせられることが続いて、Yahooカーナビに切り替えました(1年半ほど前の状況です。Googleはその後使っていないので、いまは改善されているかもしれません)。Yahooはポイントの設定や検索にいまひとつ手間取りますが、まともな道を選んでくれたのでその後はYahooカーナビを使っています。

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一方、PCではGoogleが圧倒的に使いやすいので、Yahooを使うことはほとんどありませんでした。今回、経路と所要時間を調べるにあたって、カーナビが正確なYahooでも調べてみたところ所要時間が他より大きかったので、上記のような比較をしてみた次第です。

渋滞のときは別として、経験的にはGoogleとドラぷらの平均速度が実状を反映しているような気がします。一方で、SA、PAでの停止時間を考慮した場合、Google、ドラぷらのパフォーマンスを出そうとしたらローカル色豊かなSA、PAをたっぷり楽しむことは難しいので、走行距離次第ではYahooの所要時間が妥当だと考えて計画を練るのが安全かもしれないと思いました。

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【雑記】 Wikipediaを信じるか?

Wikipedia。ボランティア活動で、ここまでの情報源と構築したのはすごいことだと思います。私も活用しています。

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10年以上前のことだと思いますが、とある項目について調べたら、全く一般論として成り立っていない内容が書かれていました。その内容には明確な記憶がありました。

なぜなら、その記載内容は私がホームページに書いていた内容のほどんどそのままの写しであり、むしろ旧来の説明に反するような内容でした。ところが、その当時、その項目についての日本語情報でWebで見つかるのは、私が書いていたものだけでした。(特定分野においては重要な内容なので、私が書いたものしかWebで見つからないことには大変に驚きました。多くの書籍に記されている内容でしたから。)

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さて、この項目についてのWikipediaの記載は、親切なボランティアさんがWebで見つけた私のホームページを骨格とし、それに多少の一般的知識を追記したもののように思えました。この状態が少なくとも5,6年は間続いていました。

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私は責任を持てないのでWikipediaの編集ボランティアに参加するつもりはなく、また、件の項目内容が人の生死に関わるような重大事ではなかったことから、そのままにしていました。このことを無責任だと言う人がいるかもしれませんね。責任感をもって編集しているボランティアさんたちがたくさんいることは、いろいろな項目を見ていると分かります。そのようなボランティアさんたちには頭が下がります。ところが Wikipedia というもの自体がボランティアで成り立つため、間違った内容に対して何か起きても誰も責任を取れません(取る必要もありません)。そういうシステムです。閲覧者はそのことを理解して、自己責任で掲載内容を扱う必要があります。

たとえば私のホームページがベースになっていた項目も、原著を読めば私が行っていたような解釈も可能であることが分かります。とはいっても、原著はフランス語で日本語訳の書籍が出ていますが、翻訳者の原著者への思い入れが強すぎたのか、偏った訳になっています(原著を読めば分かります)。でもフランス語だということがハードルになって、原著に当たれる日本人は少ないでしょう。出版社から出された翻訳者が明確な書籍でもこういうことがあるので、Wikipediaは言わずもがな、と考えざるをえません。

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今日のコンピュータリテラシーの授業の準備をしているときに、「そういえば、Wikipediaのあの項目はどうなったろう?」と調べてみたら、幸いなことに中途半端ではあるものの、以前からは大幅に書き換えられていました。しかし、ある一点については、かつてよりも危ない書き方になっていました。(私の見解では、それが正しいと思うわけですが、一般論としてはどうなのか?)

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授業では毎年、このような例を引き合いに出して、裏の取れない情報には気をつけましょうと指導しています。

 

さて、このような個人のブログも正当性のない単なる読み物なので、上に書いたことの正当性はどうなのでしょう、、、考え始めると堂々巡りになりますね。

 

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【雑記】 人々はYouTube動画の説明を読まないのだろうなという話

YouTubeにあるソフトの学習用動画のチャンネルを作っています。初歩的学習のための動画群は授業の補助教材、自習教材として使っています。

このソフトは毎年バージョンアップされます。

最初に公開した動画群は2つ前のバージョンのときで、その次のバージョンは前バージョンからの変更が動画内容にほとんど影響を与えなかったので、そのまま使いました。その次のバージョン(現行)では細かいところでの変更があったので、作り直しました。

で、アクセス状況を見ていると、現行バージョン対応動画より、2つ前のバージョン対応動画へのアクセス数の方が多い、というか、現行バージョン対応版にはほとんどアクセスがありません。たぶん、過去の再生回数の関係で、検索すると古いバージョン対応の動画が上に出てくるのでしょう。

古いバージョンの動画群には、説明の冒頭に現行バージョン対応動画を別途公開していることを示しています。

そこで、タイトルに「現行バージョン対応版URLは説明文に記載」と付け加えてみました。そうしたら、現行バージョンへのアクセスが増えてきました。

たぶん一般的に成り立つことでしょうが、私のYouTubeやブログのアクセス状況からも、刹那的に必要になった事柄について検索し、味わうことなく食いっ散らかす閲覧者が多いことです。ブログを初めてしばらく経ったときにそのことに気付いたので、YouTubeもブログも全体としての統一性や一貫性をもたらすのはやめました。だから、私としては食い散らかされてもかまいませんが、閲覧者は説明文を読まないことで損しているケースが多いだろうとは思います。

 

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【雑記】 保存と再開発に関する小ネタ

数年前、ある街区の報告書作成に関わりました。社会的にもめ事がある地域であったことが要因で発刊までに時間がかかったようで、今春ようやく世に出ました。

この報告書では私は地図作成を担当しました。年代の異なる3つの時期の地図を状態を最新の地図の上に載せる作業です。材料とした地図は、現代的視点からは測量技術が稚拙な時期の地図であったので、歪みが大きく位置の確定は大変でしたが、結果としては正当性のある地図になったと思います。

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さて、上に書いたもめ事とは次のようなものです。その街区に道を通すかどうか、道をどのように通すかが景観との関係で難しく、道を通して欲しい人たちと通して欲しくない人たちが論争をしていたような状況でした。

地図を作成しながら思ったのは、道が現状のままでは地域住民たちの不便な生活は解消せず、そうでなくても減少している地域人口がますます減っていくのではないかということでした。確かに景観的には、計画されていたような道はない方がよいのかもしれませんが、部外者(=その地域に何ら関連のない人々)が「道を通すな」と騒ぐことは間違いであると強く感じました。

最終的には折衷案で進むようですが、景観は維持される半面、住民の不便解消はそれほどでもないだろうなぁと地図からは判断できます。

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懐古と保存は異なるもので、保存と再開発のバランスをとるためには保存される地域の生活者としての感覚が大切にしながら、変化をどのように受容するかを考慮する必要があると思います。保存の対象となるものは地球誕生時からそこに在ったわけではなく、度重なる変化の結果として、たまたま人間の尺度で考えられる時間の範囲内で、ある一定の時期から変化が止まったかのように見えているだけです。

懐かしさは感情に過ぎないので、保存の如何を考えるときに持ち出してはいけないのですが、一方で懐かしさのような感情的要因によって保存の動きがが始まることもあるので、一概に感情的側面を否定するわけにはいきませんが、動きが始まった後は懐かしさを捨てて冷徹な眼で価値を判断できると良いのでしょう。

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何らかの偶然で残ってしまったものに、後の人が価値を見出すこともあります。保存というのも一種の時代精神の産物だろうから、後代の人々にとってのありがた迷惑にならないような保存に関与できたら嬉しいなぁと思います。

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【雑記】 天声人語のやさしい書き方

以前から朝日新聞の『折々の言葉』にはほぼ毎日目を通していますが、最近は天声人語も読んでみています。

毎日毎日、何かを書くのは大変だと思います。とくに天声人語は、人間の視点から書く折々の言葉と異なり、天の声に耳を咀嚼して語るわけだから、さらに大変だろうと思います。その大変さ故か、以下のようにすれば、誰でも書けそうです。

  1. 自分が気に入らない最近の出来事について、目に見える事実だけをごく簡潔に書く。
  2. 1に関わる過去の出来事や過去の人物の言葉をやや詳細に書くが、その内容は上で書いた内容と密接な関連をもたなくてよい。また、対象とする出来事や有名人がややマイナーである方が好ましい。
  3. 1で書いた出来事について、自分に都合のよい部分をピックアップして、もう少し詳しく書く。
  4. 最後に、感想をちょっと書く。このとき「○○であろうか」というような曖昧な問いかけで締めくくると、読者に何かを考えてもらう契機になるので好ましい。

もちろん、他のパターンもあります。機会があれば追記しようと思います。

 

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