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【雑記】「分断」という不快な言葉に対して

こういうのはTwitterで呟けばよいのだと思いますが、Twitterを使っていないので;

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「違うところ」を探そうとするから分断する。だから「同じところ」を探そう。そうすれば「違い」ではなく「良さ」を評価できるようになる。

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「違い」の発見は容易。一方、「良さ」の発見は決して容易ではない。「違い」は無知識でも不勉強でも発見できるが、自分が言及しようとしている対象について知り、学ばないと「良さ」は見つけられない。

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「違い」の指摘は「自分は不寛容だ」というカミングアウトと同等である場合がある。

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「違い」を感じたとき、そう感じた要因や理由を客観的に考えた結果、自分の不寛容に慄然とすることがある。

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一匹のカニス・ルプス・ファミリアリス(=犬)が存在するシーンにおけるすべてのホモサピエンスは同じである。

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金子みすゞの「みんなちがって、みんないい。」、、、、詩の全体を読めば「みんなが良い点を持っているが、その良い点はそれぞれ異なる」という意味つまり正しい意味での「個性」を歌ったものであり、最後の一行のみを取り出して「人と違うことが良いことだ」と捉えるのは過ちだと私は思っている。「(相手の)良さ」につながらない「(相手と自分との)違い」ばかりを見ていると分断が生まれる。

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「良さ」ではなく「違い」が強調される方向への社会変化は、その社会が文化的に衰退しつつあることを示唆する。

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多様性の認識とは互いに異なるものとしてその違いを指摘しあったり認め合ったりする態度ではなく、お互いの違いを熟知した上で共通項を大切にする姿勢であろうと思う。

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しばらく前から流行っている「分断」という不快な言葉に対して、上記のようなことをぼんやり考えていると、私の場合は「個性」という言葉につながっていきます。一人の個性であっても、集団としての個性であっても(この場合は特性というべきかもしれませんが)、「(他と)違うこと」ではなく「(他より)良いこと」が個性であると私は考えます。「個性」に関して以前いくつか記したので、以下にリンクを載せておきます。

カテゴリー:雑記
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