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【雑記】BIMという篩い

初めてCADを教えたのは、約30年前の某大学の学外プロジェクトにおいてで、JW_CADとARMでスタートしました。その翌年か翌々年からようやくカリキュラムにCAD授業を取り込め、JW_CADとDesign Workshopを教え始めました。この30年間で教えたのは、MiniCAD、VectorWorkd、AutoCAD、ARCHICAD、formZ、Rhinoceros、SketichUpで、個人的にはDRACAD、DynaCAD、DesginCAD、ARC+、VECTORWORKS、Revitなども使ってきました。

現時点でのまともな建築設計用CADはベンダーがBIMと呼ぶジャンルに含まれるので(※)、以下、BIMと言いますが、BIMは設計能力の篩いとして機能することを、この30年間ずっと感じてきました。「感じてきた」というより「観察結果として明白である」と言った方が適切です。

(※)手前味噌ですが、2000年のエーアンドエー湘南シンポジウムのプレゼンにおいて、私はCADの来たるべき姿として「Building Information Management」の略として「BIM」を提唱しました。その当時、現在のBIM=Building Information Modelingという言葉があったのかどうかは知りませんが、日本においてアプリケーションソフトウェアのジャンルとして「BIM(Builiding Information Modeling)」が表に出てきたのは、それより数年以上後のことです。

言葉としては「Building Information Management」と「Builiding Information Modeling」はよく似ていますが、私自身は、前者は後者を包含する概念であり、後者は前者を実現するためのアプリケーションソフトウェアあるいはプラットフォームのようなものと位置づけています。また、ベンダーが用いているアプリケーションソフトウェアのジャンルとしての「BIM」は、現時点ではBIMのあるべき姿への発展途上にあり、完結したBIMアプリケーションのサブセット版だと思います。

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CADが無かった頃、多くの教育機関や設計事務所では2D-CAD(製図CAD)しか動かせなかった頃は、設計能力と製図能力が混同されがちでした。私が大学で教鞭を執った1990年代について言えば、少なくとも大学においては意欲ある学生はしっかりと図面を描こうとするので設計能力=製図力と言って差し支えない事例が多いのは確かであった一方、技術点は満点だけど芸術点はゼロに近い例も少なくありませんでした。

しかしBIMはそのような幸福を過去のものにしてしまいました。BIMを使えば設計能力の有無に拘わらず誰でも同等の製図力を発揮できるので、評価において図面の上手下手を考慮する必要がなくなりました。だからBIMはとても優秀な篩いとして機能してくれます。

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ただし、それはBIMを使える教員が評価した場合にかぎられるでしょう。BIMを使えない人/使わない人はBIMで何ができるか知らないから、相変わらず図面仕上げやコンセプトという名のお手紙の出来映えを評価に含めてしまうようです。教育においてBIMの威力が発揮される様子を目にするには、私はまだまだ待たなければなりません。

カテゴリー:雑記
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