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【雑記】虫の知らせ、消えゆく生命からのメッセージ

いまから27年ほど前のことです。

縁もゆかりもない雪国で一人暮らしを始めてから数ヶ月たった頃、実家で飼っている犬が夢に出てきて、こういいました。「xxちゃん、がんばってね。ぼくもがんばるから」。犬が日本語をしゃべること自体に違和感がありますが、夢の中だから許容範囲です。そして、犬の声は幼い頃の弟の声に似ていました。

それから一週間ほど後、「一週間前から、犬がいなくなった」と実家から連絡が入りました。いなくなったのは、私が犬の夢を見た当日かその翌日だったようです。結局、見つかりませんでした。13才と高齢でしたが、(犬に対して言うのも妙ですが)潔い性格だったので、死に場所を求めて出て行ったのだと思いたいです。

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私が大学4年のとき、同じ大学の同じ学部の違う学科に又従兄弟のT君が入学したと父から伝え聞いたので、連絡をとって、我がアパートに招待しました。そのときが初対面で、その後、キャンパスでときどき顔を見かけたら会話する程度の交流が続きましたが、私は他大学の大学院に進んだこともあって、次第に疎遠になってしまいました。しかし年賀状のやりとりは続け、気持ちの交流を保っていました。

又従兄弟に初めて会ってから25年ほど後、私は、仕事のため新幹線で2時間ほどの、しゃちほこで有名な都市に頻繁に通っていました。その沿線、最速ののぞみ号は通過する町に、彼は住んでいました。

あるとき、仕事からの帰路、その駅に近づいたとき「そういえばT君(又従兄弟)はこの町に住んでいるのだった。どうしているかなぁ? 元気かなぁ?」とふと思いました。それまではその駅を通過していても、彼のことを思い出したことは一度もありませんでした。

それから一月ほど経った頃、従叔父から又従兄弟が癌で死去したとの連絡が届きました。葉書に記された彼が亡くなった日時を見て、私は身震いしました。ちょうど私が新幹線で彼のことを思い出した日時だったのです。私が彼の町を通過していたころ、彼は旅立ったのでした。

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私はデジャビュとか金縛りとか、いろいろな心理学的・身体的に不思議な現象を何度も経験しています。専門的なことは知りませんが、何らかのインプットに対して脳が混乱して勘違いしたアウトプットがなされた結果だろうと思っています。心霊現象と呼ばれるものは体験者の非科学的態度による思い込みだと思っています。ところが上のような出来事においては、直接的なインプットがないままに自分が知らない客観的事実に符合するアウトプットが得られています。とても不思議な感触です。こういうものを日本人は「虫の知らせ」と呼んできたのでしょう。

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しかし、こういう虫の知らせは毎日のように感じているのでしょう。その中で、たまたま現実と符合したものだけが強く記憶に残るのだろうとドライに考えたいですが、そうではないこともあります。

数十年前、大叔母が亡くなりました。その日、大叔母の自宅の隣家の人が、久しぶりに自宅の門の前にたたずむ大叔母を見かけたので声をかけたけれど返事がなかったと言っていたそうです。大叔母は亡くなる数年前から自宅から新幹線の距離の1人娘の嫁ぎ先で暮らしていたので、自宅の門の前に現れるはずがないのです。その後、大叔母は最後まで自宅に帰って暮らすことを夢みながら、娘さん家族に看取られながら亡くなったと伝え聞きました。

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こういう現象も科学的に解明される日が来るとは思いますが、自分の体験から言えば、まだ解明されていなくて良かった、不思議な出来事として心に残って良かった、と思います。

2つの出来事を、何の脈絡もなく思い出したので、書いてみました。

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上記を下書きとして保存して1年半ほど経ったころ、死に関して似たような経験をしました。今度は愛犬の死にまつわることで、家族や自分が体験した事実です。以下は死ぬ一週間ほど前から死んだ日までの出来事です。

  • 死ぬ2日前の散歩中、いつもなら犬が数mに近づくと逃げる猫が、その時に限って3~5mくらいの距離を保ちながら犬と私について回り、犬の方を見ては首をかしげるしぐさをしていました。
  • 死ぬ数日前、妻が散歩に連れて出たとき、仲良しの犬の家の中まで入り込もうとしたそうです(二軒)。ふだんはちょっと立ち止まってから通り過ぎる程度の動きです。
  • 子供のころから頭をぐいぐいと押しつけてきて甘えていましたが、年老いてふんばる力がなくなって、ここ1,2年はほどんどやらなくなっていました。ところが死ぬ前の日、久しぶりにぐいぐいと頭を押しつけてきました。
  • 足が弱っていたのでゾウガメの散歩のような速度の散歩が続いていましたが、死んだ日の朝は家を出た後15メートルほどの距離ではあるものの、久しぶりに走って、オシッコをしました。(家を出た後グズグズ歩きながら道路にオシッコでヘビの絵をかくのがそのころの日常でした。)

そして、その日の夕方、ダイニングの床の上で息絶えているのを帰宅した娘が発見しました。私が目を離した15分くらいの間でした。上に書いたような出来事は、愛犬から家族へのメッセージだったのかもしれません。

 

カテゴリー:雑記
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