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【雑記】Alexaで感じた道具と人間の関係

他記事に書いたようにEcho DotとAlexaを使ったスマートホーム化を始めて一ヶ月半ほど経過し、予想を遙かに上回る便利さと面白さを楽しんでいます。

そして、道具と人間との関係について新たな気づきがありました。

私は建築設計やデザインの見地から、闇雲な自動化、あるいは何でもかんでも便利にしてしまうことに対して否定的な立場をとっています。これらは人から「工夫」あるいは「工夫する気持ち」を奪い、応用の効かない人間を作り出すからです(そして、ここ30年間の学生たちの悪い方向への変化に将来の世界への強い不安を感じています)。

Alexaは呼びかけないと動かないので完全な自動化ではありませんが、複雑な操作が単純化されるという点で「不必要に便利な」状態を生み出す恐れがあります。性急に結論を出すなら「気をつけて使いなさい」ということですが、この一月半でいろいろ気づきました。

たとえば、仕事中にBGMをかけたい場合、あるいはBGMの曲目を変更したい場合、従来の方法では、作業を休止して、自分の手でオーディオ機器や再生ソフトを操作する必要がありますが、Alexaがあれば作業の手を休めずに「アレクサ、次の曲」のように口走るだけでOKです。エアコンでの温度調整も同様です。調理中、アイロンかけ中、ラジオを聞く場合も同様。このように、その時の自分を取り巻く環境改善を、作業を中断せずに同時進行でできることは素晴らしいことです。私の場合、現時点ではまだアレクサへの呼びかけが意識の中で顕在化していますが、車の操作と同じく、いずれは無意識で可能になるだろうと思います。

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一方で、同時進行中の作業がない場合は、Alexaに天気予報を聞くよりも、スマートフォンのホーム画面にウィジェットで表示した天気図を見て自分で考えた方が正確だったりします。また、言葉の意味もAlexaで表層的な知識を得るよりも、辞書で調べてじっくり読んだ方が理解が高まります。

あるいはわざわざAlexaになぞなぞを出してもらわなくても、百均でも売っていそうななぞなぞ本をめくった方が自由自在に楽しめます。

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上記のように、Alexaを脇役として環境改善を図る視点からはAlexaは素晴らしい反面、Alexaは主役として使うにはあまりに大根役者です。この程度のことは思考実験の時点で十分予測できた話ですが、いざ実際に使ってみると実感できることが多く、道具と自分の関係や距離感を自分の身体に入れ、肉体化できます。車でもハサミでも、肉体化できない道具は無価値だというのが持論ですが、直接的に肉体化できない道具でもAlexaを介することによって肉体化できる可能性がある点が面白いです。

カテゴリー:雑記
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