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【雑記】元号は代わるが、時代は変わる?

20世紀が終わろうとする頃、20世紀なんとか辞典という書籍が出版されました。タイトルを見て「アホか?」と思いました。ちょうどその頃、ある雑誌にブックレビューを書いていたので、編集者に頼んで件の辞典のレビューを書かせてもらいました。内容は良い本だったので好意的な内容のレビューになりましたが、20世紀がまだ1,2年残っている時点で20世紀なんとか辞典として20世紀を括ってしまう軽率さは指摘しました。まだ終わっていないものに対して「20世紀○○」と括るのは販売戦略としては適切なのかも知れませんが、そのようなタイトルの本に関与した執筆者たちには憤りを感じました(「企画は面白いので参画するが、20世紀が完全に終わるまで待て!」と言った執筆者はいなかったのか!という憤りです)。

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今日で平成が終わります。

元号世の中では「新しい時代になる/新しい時代が来る」と言う人がいたり、あるいはこれまでの約30年つまり平成という元号に含まれる期間をひとつの「時代」として括る人もいるようです。

2019年に元号が代わることから新しい時期の始まりとして人々は今年を語るようですが、元号が代わらなかったら今年は2010年代の終わりとして語られただろうと思いますが、それはさておき、元号が代わるからといって直ちに歴史が変わるわけではありません。歴史は、今の私たちが積み上げられた過去の事実を振り返ったときに、今の私たちに必要なものとして見えるものです。その見え方によって時代区分は揺らぎます。

少なくとも数十年を待たなければ、平成をひとつの時代区分として扱うことが適切であるかどうか分かりません。現在から見たとき、明治や昭和をひとつの時代区分として括るのは適切ではありません。大正は明治末期から昭和初期を合わせたら、平成は昭和末期と令和初期を合わせたら、ひとつの時代として括れそうですが、このような短期的な括り方は今の自分たちに近い時期だから可能なだけで、数百年経ったら現在の私たちには想像も出来ない時代区分で歴史が把握される可能性が高いと思います。

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元号は、一種の普遍性を感じてしまう西暦と同じく、人が自分たちの都合で貼り付けたラベルにすぎないわけですが、元号が代わることが人々の気持ちに与える影響は否定しません。というより、必ず影響があるだろうと思いますが、それがバラエティ番組的なバカ騒ぎに終始しないことを願います。

 

カテゴリー: 雑記
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