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【雑記】 保存と再開発に関する小ネタ

数年前、ある街区の報告書作成に関わりました。社会的にもめている地域であったことが要因で発刊までに時間がかかったようで、今春ようやく世に出ました。

この報告書では私は地図作成を担当しました。年代の異なる3つの時期の地図を状態を最新の地図の上にかぶせる作業です。材料とした地図は、現代的視点からは測量技術が稚拙な時期の地図であったので、歪みが大きく位置の確定は大変でしたが、結果としては正当性のある地図になったと思います。

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さて、上に書いたもめ事とは次のようなものです。その街区に新しく道を通すかどうか、道をどのように通すかが景観との関係で難しく、道を通して欲しい人たちと通して欲しくない人たちが論争をしていたような状況でした。

地図を作成しながら思ったのは、道が現状のままでは地域住民たちの不便な生活は解消せず、そうでなくても減少している地域人口がますます減っていくのではないかということでした。確かに景観上は計画されていたような道はない方がよいのかもしれませんが、部外者(=その地域に何ら関連のない人々)が「道を通すな」と騒ぐことは間違いであると強く感じました。

最終的には折衷案で進むようですが、景観は維持される半面、住民の不便解消はそれほどでもないだろうなぁと地図から判断できます。

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懐古と保存は異なるもので、保存と再開発のバランスをとるためには保存される地域の生活者としての感覚に配慮しながら、変化をどのように受容するかを考慮する必要があると思います。保存の対象となるものは地球誕生時からそこに在ったわけではなく、度重なる変化の結果として、たまたま人間の尺度で考えられる時間の範囲内で、ある一定の時期から変化が止まったかのように見えているだけです。

懐かしさは感情に過ぎないので、保存の如何を考えるときに持ち出してはいけないのですが、一方で懐かしさのような感情的要因によって保存の動きが始まる場合もあるので、一概に感情的側面を否定するわけにはいきません。動きが始まった後は懐かしさを捨てて冷徹な眼で価値を判断できると良いのでしょう。

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何らかの偶然で残ってしまったものに、後の人が価値を見出すこともあります。保存行為は一種の時代精神の現れだろうから、後代の人々にとってのありがた迷惑にならないような保存に関与できたら嬉しいなぁと思います。

カテゴリー:雑記
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