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【教育】 留学生の友人と漢字、そして文部科学省の報告

大学院時代の思い出話です。多少、脚色しながら。

あるとき、マーチンさんが漢字を書いているのを見て、「書き順が違うよ」と教えました。マーチンさんは書き上げた文字を指して、「でも読めるよ」と答えました。返す言葉がありませんでした。

ほかのあるとき、マーチンさんが漢字熟語の読みを間違えていたので、「読み方が違うよ」と教えました。マーチンさんは「でも(意味が)分かるよ」と答えました。このときも返す言葉がありませんでした。

華僑の子孫ユさんは私と同世代ですが、私の世代の日本人は学校で習っていない旧漢字をすらすらと書きます。漢字を使わない国で生まれ育ったため、おじいさんの時代の中国の漢字をそのまま学んだユさんにとっては「旧」ではなく「日常」なんですね。私が「それは間違いではないし、多くの人が分かるけれど、今は使わない」と言ったら、「でも、間違いではなくて、みんな分かるのだったら、使ってもいいでしょう」とユさんは答えました。これにも返す言葉がありませんでした。

日本の学生さんが間違いを言い繕おうとしたのとは異なって、文字や言葉の本質を突いた発言だったと思います。

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書き順とは筆を合理的に動かすための法則であり、読みとはコミュニケーションのために発音を統一した結果ですが、もっと掘り下げれば書き順も読みも慣習に過ぎないわけで、最終的に文字形態として完成させること、ひとつひとつの意味を理解しておくことの重要さ、あるいは文字というものはコミュニケーションツールであり互いが理解できれば十分であるということなどを、二人の友人は私に教えてくれたのだと思います。

子供たちが小中学校で書き順や読みをテストで間違えて減点される度に思い出す大学院時代の懐かしい会話です。

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今春(2016/2/29)、文部科学省から『常用漢字表の字体・字形に関する指針(報告)について』が発表されました。「はね、とめ、はらい」について、そんなに目くじら立てなくてよいという内容です。

漢字の字体・字形については,昭和24年の「当用漢字字体表」以来,その文字特有の骨組みが読み取れるのであれば,誤りとはしないという考え方を取っており(以下略)

(上記の文科省HPより。下線は筆者による)

国家はコミュニケーションツールとしての漢字の意味を理解していたということで、ホッとしました。

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