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【雑記】 善と悪のどちらかに分けて捉える必要があるのだろうか

 

年が明けてから佐村河内守の一件、STAP細胞の一件と、心地よくないことが立て続けに起きているが、マスコミだけでなくインターネット上で見る様々な見解には、それぞれの事件の当事者の一方を善、もう一方を悪と捉えているものが多いように感じられ、違和感がある。

佐村河内守の件については、新垣氏が善、佐村j河内が悪という構図になり、STAPでは、現時点では、若山氏が善、その他関係者が悪、というような構図になっているように見える。

新垣氏は、佐村河内氏の名前を借りることによって自分の音楽を多くの人に聴いてもらえて良かったというようなことを言っていたが、そうであれば、ある意味では新垣氏は佐村河内氏を利用したわけだから、善であるとは言えず、むしろ悪の片棒を担いだ一人であると言ってもよいと思う。(彼の人格の話ではなく、一連の流れから見たときの彼の位置づけとして悪だと私は言っているつもりである。)

STAPについては若山氏が善、その他の人々が悪という感じだが、若山氏が現在、自分の失態を正そうとしている姿勢は立派だと思うが、悪の一味に荷担していたという事実から免れるわけではない。社会の気分は、情状酌量というようなイメージになるのか、自分の罪の軽減のための司法取引のようなことをやっていると見るのか、私は法律的には全くの素人なので適切な表現が思い浮かばないが、とにかく、若山氏の現在の行動は、科学者としてという以前に、人間としての正義を示してくれているようで、見ていて気持ちよい。

しかし、だからといって、若山氏が善であるとは思わない。起こってしまったできごとの結果としては、悪の程度が小さかったということにすぎないと思う。幸いなことに、若山氏ご本人がそのことを認識していらっしゃるようで、そのこともSTAP細胞の一件に関わっている人々の中では、最善の人であるような印象を与えている。

 

とにかく、気持ちの悪いことが立て続けに起きた半年であった。

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カテゴリー:雑記
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