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【道具】 左足ブレーキのマスター法

 

20年ほど前、マニュアル車からオーチマチック車に乗り換えた時に、左足ブレーキを練習しました。左足ブレーキは難しいというのが当時も今も一般論のようですが、私は小一時間でマスターできました。最初にいきなり左足ブレーキをやってみたときは、いわゆるカックンブレーキになってしまうので諦めましたが、後日、下記の方法でやったらうまくいきました。マウスからトラックボールにスイッチしたときより、ずっと楽でした。

下記のステップで練習しました。

      1. 右足でブレーキを踏むとき、左足を添えて右足と一緒に動かす。ただし左足に力を入れない。
      2. 右足主体で、左足にも多少の力を加えながらブレーキをかける。
      3. 左足主体でブレーキを踏み、右足は軽く添えるイメージにする(1の逆の状態)。
      4. 万が一に備えて右足をいつでも動かせるようにしておいて、左足だけでブレーキを踏む。

マニュアル車では左足でクラッチを踏むとき原則的に右足のアクセルを戻すから、運転中は左と右があべこべの動きをすることが習性となっています。だから右足と左足に異なることをやらせるのはわりと自然な動きだと思います。つまりマニュアル車からの乗り換え時が、もっとも覚えやすいのではないかと思います。

      でもオートマチック車だけを運転してきた人にとっては、どうなんでしょう?

 

    左足を運転に使うという習性がないから、もっと時間が必要かもしれません。

また、いったん左足ブレーキができるようになると、レンタカーなどふだんと違う車に乗ったときでも10分程度3~4を行えば対応できます。(ふだんと違う車でいきなり左足ブレーキを使うのは、避けた方が無難だと思います。)

 

さて、慣れてくると、頭の中での切り替えがスムーズにできるようになるので、

  • 右足だけでアクセルとブレーキ
  • 右足(アクセル)+左足(ブレーキ)

と、状況に応じてスイッチしながら運転できるようになります。

 

私にとっては上記のように左右の足を併用するのがもっとも楽で安全な運転法ですが、賛否両論あります。Wikipediaの左足ブレーキの項で紹介されていた第126回国会 交通安全対策特別委員会 第3号を読んでみてください。たとえば右足だけの方が踏み間違いが少ないというような意見もあるようですが、パニックに陥った人にとってはアクセルもブレーキも関係ないのではないでしょうか。実際、運転手がパニックを起こして踏み間違いをした(と思われる)車に当てられたことがあります(末尾に記載)。

ちなみに、私は踏み間違い防止のため、下記のような安全対策をとっています

  • 疲れ気味の時は頭のスイッチの効き目が落ちているので、右足だけを使う。
  • 左足ブレーキの際、状況(道路状況、混雑具合、体調などから総合的に得られる直感とでもいうべきもの)に応じて右足をアクセルから離し、足の裏をペッタリと床に付けておく。

(追記 2019/04/26)ここ数日アクセスが増えましたが、どうやら高齢者運転者による痛ましい事故がアクセス増加の理由のようです。下記の、私が被害者となったアクセルとブレーキの踏み間違いが原因と覚しき事故も、時間帯が異なれば同様の大惨事になった恐れがありました。そして、今回の事故もニュースによればアクセルとブレーキの踏み間違いも疑われています。それに対して「左足ブレーキを推奨すべき」、「教習所で教えるべき」と言う人もいれば、相変わらず「左足ブレーキは危険だ」と主張する人もいます。25年以上、左足ブレーキを使ってきた者としては、少なくとも左足ブレーキは強制・強要すべきものではなく、運転者の自由裁量に任せるのがよいと思います(要するに現状通りで良いと思います)。むしろ、左足ブレーキの是非を論議する以前に、運転に関わるヒューマンマシンインタフェースを「どんな車に乗っても数分以内に把握できるようにすること」の重要性をもっと考慮したデザインを施すことによって、ヒューマンエラーを減らす努力が必要だと思いました。車のヒューマンマシンインタフェースのデザインは、決して「実験的」・「個性的」であってはいけません。私は初代ヴィッツの外観やサイズが好きで乗っていましたが、「実験的」な配置や表示方法のメーター類は見づらいだけで何のメリットもなく大嫌いでした(意図的に「メーターを見る」ことが必要でしたが、メーター類はつねに視野に入っていて「メーターを見る」ことを意図しなくてもよいデザインにするのが搭乗者の安全を守ることに繋がりますす)。ここ数年、ランプ類にLEDが使われるようになってからは、車ごとに異なる形状のブレーキランプやウィンカーが増えていますが、こういう卑屈な個性の発揮はアートなら許されてもデザインで許されるものではありません。もっと標準化すべきです(たとえばブレーキランプは、LEDが普及する前は、だいたい同じような位置に、同じような大きさで、同じように点灯していましたが、ここで言うのはその程度の標準化、「車を運転する人もしない人も、車に詳しい人も疎い人も、どんな人であっても、『あの車はブレーキを踏んでいる』と確実に分かる」ための緩い標準化です)。操作系の形状・位置・操作方法も、上記のような意味での標準化が必要です。一部のアーティストくずれ、あるいはアーティスト気取りのデザイナーは「標準化」を嫌うでしょうが、もっと包括的な部分で個性を表現できるようなデザイナーを目指してください。いつでも殺人ツールになりうる車のデザインにおいて、アーティストくずれの、あるいはアーティスト気取りのデザイナーが「他と違う」ことばかりを目指したら、道はとんでもなく危険な場所になってしまいます。

2001年5月に巻き込まれた異常な事故。

交差点の赤信号で、車列の最後尾で停止していました。バックミラーに映る背後から来る車がなぜだか全然スピードを落とさないので、どっかに逃げなきゃと身構える間もなく、その車は僕の車を避けるかのように駐車帯の方に向いたのでホッとしたところ、なんと減速ではなく加速を始め、パーキングメーターがある駐車帯に駐車中の車に激突、バックしたかと思ったら、また前方に向かって加速して最初にあてられた車の前に駐車していた車に斜め後方から激突し、その車を歩道に押し上げてからバックし、また急加速で前進し、信号待ちの先頭の車を交差点に押し出して一旦停止、今後はバックで急加速して、僕の車の前の車、僕の車の助手席側をグァガガガガガガガガガーッとこすりながら凹ませた後、バックのままでほぼ90度曲がって対向車線側の歩道の立木に当たって停止。

たぶん、数十秒程度の出来事。短い文章ではイメージしにくい状況でしょうが、どんなカーアクション映画よりも迫力のある体験でした、、、、今となってはそう言えるけれど、そんなに気持ちの余裕を持てる状況ではありませんでした。最初の1台については「アチャっ!」と思っただけですが、その後次々と破壊行為、殺人的行為、自殺行為が続けられていくのを目の当たりにして、薬物中毒者か、はたまた、精神異常者か、殺されるのではないかとさえ感じました。側面をこすられた後はまた前進して激突してくるのではないか、止まった後は刃物でももって躍り出てくるのではないかと、そんな恐怖に襲われました。

この事故が起きたのは平日の15時ごろで、歩行者も車も少なかったから巻き込まれた人はいませんでしたが、朝夕は通勤通学の歩行者や自転車が多く通る場所なので複数の死者がでていた可能性が大です。

さて、僕の車の助手席には妻が乗っていました。目の前に暴走車が迫り来たのですから、僕の何倍、何十倍もの恐怖感を味わったはずです。妊娠中だったので事故のショックやストレスが胎児に悪い影響を与えたらと、とても不安でした。事故から七ヶ月後、無事に娘が誕生。その後も事故現場をしばしば通ります。事故を起こした車は立木の樹皮をはぎ取りましたが、その痕跡がいまでも残っています。それを見る度に娘が健康に育っていることをありがたく思います。

ところで、この事故の原因は不明なんです。というのは運転していた老婦人が事故前後の記憶を失ったから。

バックミラーで見ていた件の車の動きから推測すると、前方不注意かなにかで信号待ちの車列に突っ込みそうになって、車列への追突を避けるために急ブレーキを踏もうとしてアクセルを踏んでしまったのではないかと思います。その結果パニックに陥り、もう右足で踏めるものなら何でも踏んでしまったのではないかなぁと思います。

もし、ここで、右足がアクセル、左足がブレーキというスイッチ切替ができていたら異なった状況になったかもしれませんが、それは憶測にすぎません。

カテゴリー:道具
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