【雑記】 ITを正しく使えば人命を守れると思う

またもや学校で子供が熱中症で亡くなりました。

あの暑さの中、屋外で活動するというのは狂気の沙汰ではないと思います。まだ小学校に入って数ヶ月の子供は、きっと先生に素直に従ったのでしょう。

今回の事件にかぎらず、学校活動における熱中症については正確な判断が出来なかった学校や教員にほぼすべて責任があると思いますが、古びた規則と慣習に縛られた学校や教員に柔軟な対応を求めることは絶望的だと思います。

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そこで思ったのは、こういうことを人間が判断しなければよい、つまり、機械的な判断で行うようにすればよいということです。

コンピュータに屋外学習の可否を決定させるのが良いと思います。簡単なプログラムとセンサーがあれば、10年前のパソコンでも実現できるはずです。人工知能というような大げさなものは必要ありませんが、文科省や厚労省が主導してビッグデータを参照しながら同時に構築していくようなシステムにする必要があります。また、ギリギリの判断ではなく、かなり安全側の判断を返すような設定にする必要もあるでしょう。

そうすれば、一教員、一学校は判断の全責任を負う必要がなくなります。

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先日の大雨による大災害も同様でしょう。これも行政の人に委ねたり、居住者自発性を重んじるなど、人の判断で行動するのではなく、機械的な判断に従うようにすればよいと思います。

空や天気図を見れば分かるような「今日の天気は?」に「晴れ、とても暑くなる」と答えるシステムは不要です。「今日は外出してはいけません」と知らせるシステムが必要です。

人の言葉には従わないくせして機械の言葉に素直に従う人は多いから、効果あると思います。

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多くの人がスマートフォンを持つ今、GPSでその人がいる地形、標高などが分かりますから、そういう情報を用いた警報システムも可能でしょう。

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上記のようなことは、すでに、どこかで誰かがやっていると想像します。一刻も早い実現を望みます。

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【雑記】 高速道路の移動距離と所要時間

Google、Yahoo、ドラぷら、それぞれの経路案内を使って、高速道路の移動距離と所要時間から平均時速を算定してみました。

移動範囲は中国地方から北陸地方のA,B,C 3地点までです。それぞれで時間が最短となる経路を選んだので、途中で舞鶴道を通るルートと、名神を通るルートのどちらかになっています。

Google Yahoo ドラぷら
距離 所要
時間
平均
時速
距離 所要
時間
平均
時速
距離 所要
時間
平均
時速
A 408 4:44 86 407 5:22 76 428 4:43 91
B 466 5:25 86 465 6:05 76 485 5:21 91
C 706 8:02 88 705 9:08 77 726 7:58 91

(単位 距離=km、所要時間=hh:mm、平均時速=km/h)

平均時速の根拠はどうなっているのでしょう?

どらぷらの算定基準はルート検索結果の下の方に「所要時間について」として、以下のように記されています。

表示される所要時間は、主として規制速度をもとに高速道路は区間により60~100km/h、都市高速などは時速40~60km/hにて計算し、弊社の発表している渋滞予測通過所要時間を加味して算出しております。

Yahooにはヘルプの中に「通る道路(高速道路、県道など)によって速度が異なります。」と、言わずもがなのことが記されていました。当たり前のことであっても明記するのは大切なことですが、もうちょっと詳細な情報があったら嬉しいです。

Googleは、さらっと探しただけではどこに書いてあるか分かりませんでした。

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我が家の車にはカーナビをつけていません。地図を読んだり覚えたりするのが好きで、それで間に合っているからですが、二年ほど前、WiFiでしか使っていなかったスマートフォンにデータSIMを入れたので、ナビを試してみました。

当初はポイントの検索や設定が容易なGoogleのナビを使ってみましたが、とんでもない道を走らせられることが続いて、Yahooカーナビに切り替えました(2年ほど前の状況です。Googleはその後使っていないので、いまは改善されているかもしれません)。Yahooはポイントの設定や検索がいまひとつですが、まともな道を選んでくれたので、その後はYahooカーナビを使っています。

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一方、PCではGoogleが圧倒的に使いやすいので、Yahooを使うことはほとんどありませんでしたが、今回、経路と所要時間を調べるにあたって、カーナビが正確なYahooでも調べてみたところ所要時間が他より大きかったので、上記のような比較をしてみた次第です。

渋滞のときは別として、経験的にはGoogleとドラぷらの平均速度が実状を反映しているような気がします。一方で、SA、PAでの休憩を考慮した場合、Google、ドラぷらのパフォーマンスを出そうとしたら、SA、PAをのんびりと楽しむことは難しいので、Yahooの所要時間がわりと妥当な値かもしれないと思いました。

 

 

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【雑記】 Wikipediaを信じるか?

Wikipedia。ボランティア活動で、ここまでの情報源と構築したのはすごいことだと思います。私も活用しています。

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10年以上前のことだと思いますが、とある項目について調べたら、全く一般論として成り立っていない内容が書かれていました。その内容には明確な記憶がありました。

なぜなら、私がホームページに書いていた内容であり、それは一般論ではない、というより、むしろ旧来の説明に反するような内容でした。ところが、その当時、その項目についての日本語情報でWebで見つかるのは、私が書いていたものだけでした。(特定分野においては重要な内容なので、私が書いたものしかWebで見つからないことには大変に驚きました。)

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さて、この項目についてのWikipediaの記載は、親切なボランティアさんが、Webで見つけた私のホームページを骨格として、一般的知識を加えてリライトしたもののように思えました。この状態が少なくとも5,6年は間続いていました。

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私は責任を持てないのでWikipediaの編集ボランティアに参加するつもりはなく、また、件の項目内容が人の生死に関わるような重大事ではなかったことから、そのままにしていました。このことを無責任だと言う人がいるかもしれませんね。責任感をもって編集しているボランティアさんたちがたくさんいることは、いろいろな項目を見ていると分かります。そのようなボランティアさんたちには頭が下がります。ところが Wikipedia というもの自体がボランティアで成り立つため、間違った内容に対して何か起きても誰も責任を取れません(取る必要もありません)。そういうシステムです。閲覧者はそのことを理解して、自己責任で掲載内容を扱う必要があります。

たとえば私のホームページがベースになっていた項目も、原著を読めば、私の解釈も可能であることが分かります。とはいっても、原著はフランス語で、日本語訳の書籍が出ていますが、翻訳者の原著者への思い入れが強すぎて、偏った訳になっています(そのことは原著を読めば分かります)。でもフランス語だということがハードルになるようで、原著に当たれる日本人は少ないでしょう。出版社から出された、翻訳者が明確な書籍でもこういうことがあるので、Wikipediaは言わずもがな、と考えざるをえません。

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今日のコンピュータリテラシーの授業の準備をしているときに、「そういえば、Wikipediaのあの項目はどうなったろう?」と調べてみたら、幸いなことに中途半端ではあるものの、以前からは大幅に書き換えられていました。しかし、ある一点については、かつてよりも危ない書き方になっていました。でもその内容は正しいと私は自信を持っていえます。

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授業では毎年、このような例を引き合いに出して、裏の取れない情報には気をつけましょうと指導しています。

 

さて、このような個人のブログも正当性のない単なる読み物なので、上に書いたことの正当性はどうなのでしょう、、、考え始めると堂々巡りになりますね。

 

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【雑記】 人々はYouTube動画の説明を読まないのだろうなという話

YouTubeにあるソフトの学習用動画のチャンネルを作っています。初歩的学習のための動画群は授業の補助教材、自習教材として使っています。

このソフトは毎年バージョンアップされます。

最初に公開した動画群は2つ前のバージョンのときで、その次のバージョンは前バージョンからの変更が動画内容にほとんど影響を与えなかったので、そのまま使いました。その次のバージョン(現行)では細かいところでの変更があったので、作り直しました。

で、アクセス状況を見ていると、現行バージョン対応動画より、2つ前のバージョン対応動画へのアクセス数の方が多い、というか、現行バージョン対応版にはほとんどアクセスがありません。たぶん、過去の再生回数の関係で、検索すると古いバージョン対応の動画が上に出てくるのでしょう。

古いバージョンの動画群には、説明の冒頭に現行バージョン対応動画を別途公開していることを示しています。

そこで、タイトルに「現行バージョン対応版URLは説明文に記載」と付け加えてみました。そうしたら、現行バージョンへのアクセスが増えてきました。

たぶん一般的に成り立つことでしょうが、私のYouTubeやブログのアクセス状況からも、刹那的に必要になった事柄について検索し、味わうことなく食いっ散らかす閲覧者が多いことです。ブログを初めてしばらく経ったときにそのことに気付いたので、YouTubeもブログも全体としての統一性や一貫性をもたらすのはやめました。だから、私としては食い散らかされてもかまいませんが、閲覧者は説明文を読まないことで損しているケースが多いだろうとは思います。

 

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【教育】 大学の情報教育

とある大学の1年生前期の情報教育のシラバスを見る機会がありました。そして、愕然としました。愕然としたポイントは主に下記の3つです。

  1. 150名程度1クラスで、PC教室ではない教室で、1人の教員が担当
  2. 学生は個人のPCを持参することが必須

私自身が、非常勤講師として、他の大学で1年生前期の情報教育を担当しています。だからこそ愕然としました。

1. 150名程度1クラスで、PC教室ではない教室で、1人の教員が担当

この大学は60分授業なので、もし演習授業であったとすると、教員1名が学生1人当たりに避ける時間は24秒(=60×60÷150)であることから、すべての学生に均等に個別指導を行うことは不可能です。これが理由かどうか分かりませんが、基本的には講義だそうです。

2. 学生は個人のPCを持参することが必須

1の状況から言えばPCは不要であり、講義として学んだ内容を学生が自由に使える大学のPCや、自宅のPCで復習すればOKであるはずですが、なぜかノートPCを持参することが要求されています。一般教室で150人分の電源を準備できるとは思えません。案の定、大学生協が扱っている推奨PCはバッテリー駆動時間が10時間以上のタイプです。年式の古いPCを持っていて、それを使おうとする学生は、バッテリーが60分も保たないでしょう。バッテリー切れは、60分持続するバッテリーを持っていない学生個人の責任になるのでしょうか?

上記に加えて、教える立場として最も驚いたのが、全15回中10回は、スムーズに進めば5分もかからないような内容が1コマ分の内容として示されていたことです。

その内容は入学時のガイダンスで終わらせるべき内容、たとえば大学メールアドレスの設定とか、クラウドの使い方とかなど、事務的な手続きの説明のようです。「情報教育」と呼べるものではありません。

そして成績評価においては「全出席を前提とする」そうなので、大学入学までに十分なスキルを身につけた学生にとっては、無駄なことに拘束される拷問の時間です。ノートPCで手元が隠されて、教卓からは何も見えませんから、ぜひとも内職に励んで欲しいです。とはいえ、それで単位がもらえるのであれば、学生にとっては美味しい話かもしれません。

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上記とは異なる大学のシラバスには、大学のPCを使うので、個人的に所有する義務はないというようなことが書かれていました。

私も、自分の授業については「大学の教室で作業可能なので、この授業のためだけにPCを所有する必要はない」という意味合いのことをシラバスに書いています。ひとつの理由は、デザイン系の学生を対象としているので、学生たちが今後進む専門によって状況が異なり、必要となる機器やソフトも異なるので、1年のときに焦って買うと、2,3年次に買い換えの必要が生じることです。もう1つの理由は下記です。

ここ数年、入学時の学生のPC所有率がどんどん低下してきています。原因は、誰でも容易に想像できる「スマートフォンの普及」です。

冒頭の大学の説明では、レポート作成やプレゼンでWord, Excel, PowerPointを使うからPCが必要らしいのですが、Word, Excel, PowerPoint は、とくに凝らないかぎりはスマートフォン版で十分です。30年前のワープロ専用機やPC-9801の松や一太郎などのワープロソフトやLotus 1-2-3などの表計算ソフト、あるいはMicrosoft Windows の出始めのころのワープロや表計算ソフトで学位論文を書けました。今のスマートフォン版のオフィスは、そのころよりずっと機能的にも充実しています。だから、スマートフォン版ではダメという理由はないはずです。

スマートフォン版の問題を強いてあげれば、キーボードがないことと、画面が小さいことがありますが、Bluetoothのキーボードが使えるし、画面の小ささも目の良い若者にはそれほど障害にはならないようです。機種によってはHDMIケーブルや無線でTVに画面を表示できるので、問題の解消は容易です。それなのに、なぜ「個人のPC」を持参して授業を受ける必要があるのでしょう? 私には理解できません。

ある限られた時期においては情報教育とPCは切っても切れない関係にありましたが、スマートフォンが普及した現在においては、情報教育とPCは切り離せます。そして、人文系科目のレポートや調査分析程度であれば、スマートフォン版のWord, Excelで事足ります。

要するに、メール設定、クラウド設定、Word, Excel, PowerPointの使い方を学ぶときに、PCは必須ではないということです。

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私は、教育機関における情報教育が、特定ソフトや特定機器の扱いを教える場になってはいけないという考えで、状況教育に携わってきました。

情報機器の操作は情報教育において必須ではありません。教授すべき情報機器を操るための概念の修得だから、そのような内容を主体とする授業であれば、150人対象の「講義」は成り立ちます。ただしその場合、「演習」ではないので学生たちが自分のPCを持参する必要はありません。

さらに言えば、情報機器の操作(特定ソフト、特定機器の扱い)は、メーカーのインストラクターや、Word, Excel 等の民間資格保持者、あるいは上位学年をTAとして採用して、入学ガイダンスの一部として時間を充当すれば十分です。

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さて、他の記事に記しまていますが、情報教育の演習授業から特定の情報機器やソフトの操作を切り離すことは、現状では困難です。

だから、大切なのは、指導者が明確な切り分け意識を持っているかどうかです。

知識もスキルが一様で無い学生たちを十把一絡げに扱うために何をどうすべきか考えると、どのような授業内容にすれば良いか見えてくるはずです。言うは易く行うは難しで、私も毎年苦慮しますが、少なくとも全員がズブの素人であると見做したような授業はペケだと思います。

 

 

 

 

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【雑記】 天声人語のやさしい書き方

以前から朝日新聞の『折々の言葉』にはほぼ毎日目を通していますが、最近は天声人語も読んでみています。

毎日毎日、何かを書くのは大変だと思います。とくに天声人語は、人間の視点から書く折々の言葉と異なり、天の声に耳を咀嚼して語るわけだから、さらに大変だろうと思います。その大変さ故か、以下のようにすれば、誰でも書けそうです。

  1. 自分が気に入らない最近の出来事について、目に見える事実だけをごく簡潔に書く。
  2. 1に関わる過去の出来事や過去の人物の言葉をやや詳細に書くが、その内容は上で書いた内容と密接な関連をもたなくてよい。また、対象とする出来事や有名人がややマイナーである方が好ましい。
  3. 1で書いた出来事について、自分に都合のよい部分をピックアップして、もう少し詳しく書く。
  4. 最後に、感想をちょっと書く。このとき「○○であろうか」というような曖昧な問いかけで締めくくると、読者に何かを考えてもらう契機になるので好ましい。

もちろん、他のパターンもあります。機会があれば追記しようと思います。

 

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【雑記】 PCから常駐物を外してみたら、、

他の記事に書いたように、古いノートPCにLinuxを入れてクラウドの同期を試していました。3ヶ月間無事に動いてくれたので、メインPC(Windows 10)で常駐物を使ったクラウド同期をやめてみました。

  • 起動後デスクトップが表示された後まともに使えるようになるまでの時間も含めた起動時間が大幅に短縮しました。
  • 起動時間の短縮以外では、体感できるような変化はありません。
  • Linux上のBox用フォルダをWindowsからで開くのに異常に時間がかかりますが、とくに困らないのでそのままにしています。
  • Linux上のOneDriveがtime outで止まります。原因を追及して直すのは面倒くさいので、毎日、VNC Viewerでつないでコマンドを打ち込んで起動させています。

 

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